『 社会科研究集録 第35号 』 (埼玉県高等学校社会科教育研究会、1999) より 開発教育協会 小貫 仁 地域と地球を学ぶ広場 http://www.ne.jp/asahi/onuki/hiroba/ はじめに 開発教育は、世界認識の教育分野として、また、豊富な手法を内包する教育分野として、実践者にとって魅力あるものですが、今日では、単に世界システムの構造を「南北問題」でのみとらえるのでなく、グローバル経済の進展やアジアの経済開発を視野に入れた新しい展開が模索されています。 このことに関して、現在の開発教育の現状と課題と思えるところを整理しますが、研究発表では、開発教育の紹介から始めたので、ここでもそれにそって、基本的な考え方からまとめます。 1 開発教育と「開発」概念 なぜ「開発」にこだわるか? 「開発教育」とは "Development Education"の直訳ですが、本家本元の欧米の開発教育と日本との大きな相違点は「開発」概念の把握の仕方にあるでしょう。日本で「開発」と言えば、一般に経済開発のみを思い浮かべるのに対して、"develop" とは "de+envelop" の語源からして 「人間が封印された抑圧から解放されて自己実現する」ことに関係しています。 ↓ したがって、開発教育は、世界認識の視点として、「人間が抑圧から解放される社会・世界のあり方」を模索することになります。単なる経済開発ではありえないのです。また、明らかに人権教育の一端を担いますが、人権確立のための世界認識を優先します。平和教育の一種でもありますが、平和確立のための構造的暴力の認識を優先します。このように、開発教育は他の教育分野と垣根なく隣接しています。世界認識の教育であるために、国際理解教育と比較されますが、今日一般に考えられている「異文化理解」中心の国際理解ではなく、それを基礎としながらも、もっと世界の現実に迫る学習を中心とする課題領域の国際理解です。このことは、「総合的学習」で国際理解を取り上げるときの最も留意すべき観点でしょう。つまり開発教育は、文化領域に傾きがちな国際理解教育の現状に対して、課題領域学習を重要な柱として推進する教育と言うことができます。 ↓ このような開発教育は、その立場から、教育のあり方についても改革の視点を有することになります。すなわち「開発」の概念は、そのまま私たちの社会のあり方ひいては教育のあり方にも直結するからです。開発途上と言えば、いわゆる「開発途上国」特有の概念なのではなく、私たちの社会のあり方をも問うものと言うべきで、それを教育に適用すれば、「子どもが抑圧から解放される教育のあり方」を問うことになります。そのことを、単に抽象概念のレベルでなく、公正で共に生きることを求める理念、人権を基礎として世界認識に至る内容、学習過程において授業への参加を重視する方法など、具体的に模索し実践することになります。 開発概念の変遷 開発教育は年代とともにその内容を豊かにしてきましたが、それは開発概念の変化に対応するものでもありました。そのおおまかな流れは以下の通りです。 1960年代(国連開発の十年): 開発問題とは経済開発の遅れであり、「途上国」が「先進国」に追いつくことが課題 →政府開発援助(ODA)は、工業化を促進し、GNPを上げることが目標 cf. NGOの人道的援助と南の現実を知らせる教育活動(=開発教育の原点) 1970年代(第二次国連開発の十年): なぜ低開発かの原因を究明し、北の責任を明らかにする教育へ →第二次十年計画の実施綱領に基づき、先進国は、援助省庁を設置し、開発教育に積極的に資金援助した。 cf. 74年のユネスコ教育勧告(「国際理解、国際協力および国際平和のための教育ならびに人権および基本的自由についての教育についての教育に関する教育」) cf. 75年の国連の定義 「開発教育の目標は、人々を、自分が属する社会、国家、そして世界全体の開発に参加できるようにすることである。この参加のためには、社会的、経済的、政治的諸問題の理解に基づく、地域的、国家的、国際的な状況についての厳しい自覚が必要である。開発教育は、開発国、開発途上国、それぞれにおける人権、人間の尊厳、自立、社会的正義の問題と結びついている。低開発の原因や、開発の意味するものへの理解の促 進、そして、新しい国際経済、社会秩序の研究方法とも関連している」 1980年代: 南の現実と南北問題ばかりでない地球的諸課題との関連をも明らかにする教育へ →環境問題、食糧問題、居住問題、人口問題、など →北の足元の問題である過剰開発への視点も・・・ 1990年代: 「持続可能な開発」概念の登場 さらに、経済中心でない人間中心の開発としての「社会開発」概念の認知 (しかし現実社会は「開発=経済開発」の図式がいぜん主流・・・) cf. 92年の「国連環境開発サミット」 95年の「社会開発サミット」 留意すべきは、世界の潮流における日本の教育の対応です。特に、70年代、世界の潮流は人類的な課題克服を教育的課題としたのに対して、日本ではほとんど対応せず、人類的な理念の欠如した、むしろ経済的危機と企業社会統合にいかに対応するかの教育に終始し、その現実と「ゆとり」を求める建て前との矛盾が激化したと言えましょう。 2 今日の開発教育 開発教育のアイデンティティ <国内を開く(グローバルな視点で国内問題に取り組む)〜世界認識に至る> 開発教育は他の教育分野と異なる新しい教育であると「構える」ものではありません。けれども、南北問題を頂点とする世界の構造的な理解(世界認識)は開発教育のアイデンティティです。ますます国際化の進む現代社会にあって、私たちは足元の問題から世界とつながるはずですが、そこでの視点はあくまで社会の抑圧の現実に問題点を見いだすことです。 さらに、こうした内容面だけではありません。現実把握を知識として得るだけでは本当の理解に至らぬことが多いのです。参加型の学習は講義形態でも可能ですが、開発教育では特に体験的な手法を重視することで、知識レベルよりも実感のレベルを重視します。そうした方法面も開発教育のアイデンティティに付随します。 ↓ <抑圧を排し、自分の可能性を引き出す教育("develop"の教育的意味)〜人間開発の実現> 開発教育の基本的問題 「貧困」「格差」「飢え」などは開発教育の根本テーマですが、問題はそのような人間を無視し、ないがしろにする(合法的抑圧の)社会システムにあります。そのシステムを探求すれば、それは構造的認識に結びつくし、そして今日では、そのシステムと学習者自身が決して無関係でないと気づくことになるでしょう。 以下、世界認識に至る学習における今日的根本課題を幾つかあげておきます。 a) 資本主義経済の原理 ・経済成長主義 ・経済効率主義 ・分配の不平等とトリクルダウン論 ・国際分業論と自由貿易 ・グローバル経済と大競争時代 b) アジアの経済成長 ・モノ商品の氾濫、大都市の変貌 ・格差の広がり、スラム、劣悪な労働条件、失業問題 ・民主化と所得再分配の経路が閉ざされている国内構造 ・開発独裁、大土地所有制、外国企業の介入、環境汚染 ・「内発的発展論」もしくは「もうひとつの開発論」 c) 資本主義経済の危機 ・北の過剰開発 ・南北の格差拡大 ・環境破壊の進行 ・南の工業化と北の空洞化と多国籍企業 ・財政政策の破綻 d) 足元の矛盾 ・しゃにむに経済成長を追い求める効率重視社会 ・異質な日本システムの矛盾 ・会社主体の文化、ヨコに連帯できにくい社会 ・必要な日本社会の開放 ・過去をみすえる歴史認識の欠如 授業のあり方を問う 80年代以降の世界の教育潮流から私たちの授業に求められていることを整理するならば、そこでは「学習権」と「子どもの権利」が重要なテーマとして浮かび上がります。 cf. 86年のユネスコ「学習権宣言」 89年の「子どもの権利条約」 「学習権」とは学習が子どもにとって意味あるものであることです。子どもが自分自身の世界を読み取り、よりよき変化に参加して歴史の主体となることができる権利です。現在の教育の実態が子どもにとってどれほど意味があるかが問題です。 これらのことは、74年のユネスコ教育勧告に既に現れていたものです。残念ながら日本の教育はこうした世界の教育潮流から大きく取り残されています。これらのことが「子どもの権利」と深く関係していることは言うまでもありません。 ↓ 開発教育の授業改革への提案については、大きくは次の二つに整理できるでしょう。 <問題提起型授業> 銀行型教育による「制度知」の詰め込みを超えるために・・・ Criticalに考え、自分の言葉で世界を再構築する試みを cf. パウロ・フレイレ「被抑圧者の教育学」 <参加重視の授業> 疑似体験をつくり出す意義(デューイの経験主義) 学習者自身の「気づき」がなければ現状を変革する力にはならない cf. 主体的学習における教師の主体性 おわりに−−今日の教育課題に関連して 今日、教育に求められていることは、主に次のような事柄が考えられます。 1) 学習は、それが子どもにとって意味あるものとなり、 何が大切かを判断する力をもてること さらに、自分の持っている可能性を引き出すこと 2) 学習は、社会のあり方を模索すること 経済成長主義と効率優先社会を問うこと 平和・人権・民主主義のための教育(94年のユネスコ「国際教育会議宣言」)の推進 ↓ これらは開発教育の重要な課題でもあります。このことは新設される「総合的学習の時間」の展開でも大きな課題と考えられます。地域(NGO等)と連携して学校を開きながら、世界につながる学習において、開発教育に何ができるかが問われています。 以上は、来年度以降の開発教育小委員会で視野に入れるべき研究課題でもあります。 |