T−5 開 発 教 育 の カ リ キ ュ ラ ム と E S D



 出典:『開発教育で実践するESDカリキュラム
      〜地域を掘り下げ、世界とつながる学びのデザイン』 (学文社、2010)

                                     拓殖大学
                                     国際開発教育センター
                                      小貫 仁

(巻頭言)

 本章では、これまで地球的諸課題に向き合ってきた開発教育のカリキュラムの系譜を吟味し、成果と課題を整理する。さらに、持続可能性が問われる時代に新しい展開について検討する。
 本書は「グローバリゼーションに向き合う足元からの開発教育の学び」をESD本来の学びとして提案するが、歴史的成果を発展させた「ESDカリキュラム」はどのように構想できるだろうか・・・。
 第1節では、開発教育のカリキュラムにおける三つの研究成果を吟味する。開発教育は、国際社会の動向に連動して、地球的視野で「開発のあり方」を問う学びとして、総合学習のカリキュラムを確立してきた。
 第2節では、今日の持続可能性が問われる時代に対応するカリキュラムの課題を吟味し、学習指導要領との関連を明らかにする。「持続可能な社会形成」が学習課題となった新学習指導要領をどう実践するかが重要である。
 第3節では、「地域を掘り下げ、世界とつながる学び」を構想し、そのねらい、内容、方法、評価、単元構成などの大枠の案を提起してみた。

 「持続可能な開発のための教育(ESD)と開発教育(DE)は、”D”(development)が共通であることからも、よりよい開発のあり方を考え実践に結びつけるための教育としてきわめて類似していると考えている。けれども現実には地域と世界をつなぐ実践はむずかしい。そこで、開発教育での実践構想を明らかにしながら、その学びのあり方を検討していく。


1 開発教育カリキュラムの歴史に学ぶ

(1) 国際社会の動向を反映する開発教育

 開発教育は、1960年代末に南北格差という時代背景のもとに成立した地球的視野の学びである。その歴史をたどると、貧困,環境、福祉等開発をめぐる問題への対応を模索する国際社会の動向に密接に関連してきたことが読みとれる。
 とくに、「持続可能な開発」をめぐる国際社会の動向に着目すれば、国際社会は1972年のローマクラブ編『成長の限界』と「国連人間環境会議」以来、地球的規模の環境破壊を伴う開発のあり方を問題にし、それに関する諸課題の解決を模索する教育の普及を進めてきた。その初期において画期的なのは1974年のユネスコ「国際教育勧告」と1987年のブルントラント委員会報告であろう。前者は国際理解教育に地球的諸課題への対応を位置づけたものであり、後者は「持続可能な開発」の定義を明らかにしたものである。
 開発教育のカリキュラムの系譜には、現在のカリキュラム研究以前に三つの主体が存在する。その成果の発表された年代で整理すると、ほぼ10年ごとに成果が出されてきたことになる。
 第1の主体である開発教育カリキュラム研究会(1982-1984)は、上の画期的出来事の中間の時期に活動し、開発をめぐる諸問題を明らかにした。第2の開発教育研究会(1994-1996)は「持続可能な開発」の概念を踏まえて、90年代の国際社会の諸課題解決への模索を反映し、必然的に開発の概念は広義なものとなった。第3のカリキュラム研究会(1998-2000)は今日の持続可能性に関わる諸課題と類似する課題解決学習を例示し、身の回りから世界とつながる学びを提起した。


<表1> 国際社会の動向と開発教育 (出所:筆者作成)


(2) 1980年代の成果に学ぶ〜開発教育カリキュラムの誕生

 開発教育は1970年代末に日本に紹介されたが、それから間もない1982年に、国立教育研究所内に開発教育カリキュラム研究会が発足し、日本で最初に開発教育カリキュラムを作成した。

@ 開発問題学習カリキュラムの構造 <1>
 a. 開発教育の主要目標
  研究会は、開発教育の主要目標として、次の2つをあげている。
  ・低開発の諸様相とその原因についての理解を図ること
  ・この諸様相を克服し、人類社会の均質な発展をめざす態度を養うこと
 b. カリキュラムの構造
  内容として、研究会は次のようにスコープとシークエンスを整理した。
  スコープ(領域)は次の9領域である。

 A 地球、B 人口・国土、C 食料、D 資源・エネルギー、E 生活・社会  
 /生活問題、F 南北問題、G 開発問題、H 国際協力、T 人間の生き方

 シークエンス(系列)は次の3段階である。

 ・学習領域ごとの学習目標(知的認識、関心・態度)
 ・発達段階別にみた学習内容の系列
 ・展開(各単元における開発教育の視点)

A 開発問題学習の目標と教材の分析 <2>
 研究会は、次に、問題に対してどのような事実を見せるかを明らかにした。学年ごとに中心目標と下位目標を設定し、下位目標達成のために抽出した具体的事実を整理する作業を行っている。学習は具体的事実によるケーススタディがめざされた。

B 意義と課題
 この先駆的カリキュラムは、開発教育における学習領域と学習系列を初めて明らかにした。重要なのは、異文化理解と国際交流に傾きがちな国際理解教育に対して、課題解決と国際協力を軸に据えたことである。開発教育はさまざまな開発をめぐる問題の課題解決学習であり、人類社会の均質な発展をめざす教育として確立した。そして、学校教育(社会科)に密着し、各学年(発達段階)に応じた具体的事実に基づくケーススタディを重視している。
 けれども、「低開発を理解し克服する」という開発の捉え方は再考を要した。これは近代化を前提とする思考形態あり、開発概念を狭くとらえる傾向を避けられない。また、そのカリキュラム観は学習内容の枠としての系列が重視され、系統的知識体系に偏る傾向を避けられず、教科も社会科に限定されていた。

(3) 1990年代の成果に学ぶ〜開発概念の捉え直し

 10年を経る頃、旧開発教育協議会内に「開発教育研究会」が発足した。1990年代の国際社会の人類の諸課題解決への模索を反映して、開発概念は多様化した。ここで確立した開発概念の捉え方と開発教育の定義は今日に継承されている。

@ 開発教育の定義(基本概念〜ねらい〜目標)
 研究会は、開発教育の基本理念を検討し、ねらいと目標に織り込まれている最も重要な概念は何かを検討した。その結果、development(原義「封じられた状況の克服」)の本質として「公正」「共生」という中心概念を抽出した。
 ねらいと目標は、環境破壊等の地球的諸課題(開発をめぐる諸問題)を知ること、共に生きることのできる公正な開発のあり方を考えること、その実現に向けて進んで参加する態度や能力を養うことと整理できる。
 そして、そのための学習目標として5つの柱を提起した。

・開発のあり方探求の基礎として、人間の尊厳性と世界の多様な文化の尊重
・開発のゆがみとしての貧困や南北格差の現状とその原因の理解
・開発をめぐる問題と環境破壊等の地球的諸課題との密接な関連の理解
・相互依存の世界における問題と私たち自身との深い関わりへの気づき
・問題克服への努力や試みを知り、自らも参加・協力できる態度・能力の獲得

A 発達段階における学びの構造
 研究会は上の学習目標を発達段階に応じて構造化している。(図1)


<図1> 発達段階と学習目標
 (出所:開発教育協会『「開発教育」ってなあに?』1998年、筆者作成)


B 意義と課題
 この研究会の功績は「開発教育の総合化」にある。 開発概念のとらえ直しによって、開発とは近代化を一元的に志向するものとは限らず、むしろ、近代化の問題点に正面から向き合い、より良き社会のあり方を模索するものとなった。開発教育は、貧困・格差の問題を軸としながら地球的諸課題を探求し、環境・人権・平和等の諸領域と密接な関連性をもつものとなった。けれども、カリキュラムは未完であり、次の研究会の土台づくりに終わっている。

(4) 2000年代の成果に学ぶ〜総合学習としてのカリキュラム

 次の「カリキュラム研究会」はそれまでの研究を発展させ、現在のカリキュラム研究に直結している。研究会は学校教育に新たに誕生した「総合的な学習の時間」に対応し、総合学習の実践に向けた展開例と教材を提供した。<3>

@ カリキュラムの転換
 研究会はまず「カリキュラムの転換」を提起した。この転換はデューイ(米)の子ども主体の学習論に学んでいる。この新しいカリキュラムは、知識修得のための領域と系列を羅列するものではなく、学習のねらい(目的)、内容、方法、評価すべてを含むもので、教師が組織し子どもたちが体験する学びの経験総体である。研究会は、子ども主体の「主題〜探求〜共有」のプロセスを重視し、「軸としてのカリキュラム」を強調した。

A 開発教育のアプローチとテーマ
 研究会は探求のアプローチを整理し、代表的12のテーマ学習を例示した。

 a. 文化理解アプローチ:「子ども」「文化」           
 b. 課題理解アプローチ:「貧困」「識字」「難民」「ジェンダー」  
 c. 関係理解アプローチ:「食」「環境」「貿易」          
 d. 課題解決アプローチ:「国際協力」「在住外国人」「まちづくり」 

 カリキュラム実践上の検討事項としては、学校教育の縦のつながり(小学校−中学校−高等学校)、教科と総合学習の連携、教員間のチーム体制、地域とのパートナーシップ等をあげている。
 さらに、研究会はテーマの構造化も試みている。開発教育の柱として「貧困〜開発〜国際協力」を位置づけ、アマルティア・センの「人間開発」における剥奪(deprivation)概念を軸に諸課題を整理する試みである。

B 意義と課題
 この研究会の功績は、子ども主体のカリキュラム転換、総合学習での参加型の手法を駆使したテーマ学習の提唱、学校と地域の連携の促進、身の回りから世界につながる学びの例示で、開発教育の実践体系を具体化したことである。探求のプロセスで重視したのは主題との関係性(当事者性とリアリティ、世界との関わり、気づきと参加)であった。
 しかし、カリキュラムはその本質からしてあくまで例示である。学校教育でどれだけ実践されたかの検証は難しい。特に「軸としてのカリキュラム」が、参加型の手法を駆使しながら、どこまでリアリティある活動を展開できるかについては課題として残された。


2 持続可能性に対応するカリキュラムの課題と新学習指導要領

(1) 開発教育カリキュラムの今日的課題

 こうして、開発教育は課題解決と国際協力の学びとして、貧困・格差や環境破壊等の諸課題に向き合い、学習者主体の参加型の学びを提起してきた。その学びは「公正で共に生きることのできる社会」とはいかなるものか、そのための「望ましい開発」はいかに可能かを探究してきた。
 開発教育カリキュラムは、開発概念の広がりとそれゆえの総合性を内に含みつつ今日に至っている。そこで、これまでの成果に学びながら、持続可能性に対応する新しい展開に向けての課題を検討してみよう。ここでは、そもそも持続可能性とは何か、そのための教育では何が重要か、それに対して開発教育はどのように対応できるかを整理することになる。具体的には、@持続可能性と地球的諸課題、A課題解決における参加と当事者性(リアリティ)、B開発教育の学びの深化の3点について考察する。

@ 持続可能性と地球的諸課題
 開発教育にとって地球的諸課題は必須の学習課題である。今日の「持続可能性」に関する危機の諸相・・・それは自然システムの崩壊の問題であり、世界のエネルギー問題であり、世界の人口増の問題であり、貧困の蔓延の問題などである。これらは各々がつながりあっている。
 こうした複合的危機が「持続可能性」に関する課題群である。これらは開発教育の地球的諸課題の内容と極めて類似している。「持続可能性」とは、本来、貧困・人権・平和・民主主義等の社会現象に総合的に関わる概念なのである。「持続可能な開発のための教育(以下ESD)」の指導的立場にあるユネスコは、世界の急速な人口増加と人口分布の変化、広範囲にわたる貧困の存続、自然環境にかかる負担の増大、民主主義と人権の否定と紛争・暴力の台頭、「開発」という概念自体の問題を5つの緊急問題としている。<4>
 すなわち、ESDは「持続可能な社会づくり」のための教育体系であるが、単に環境教育の範疇で狭く捉えるのではなく、その総合性を正しく受け止めなければならない。とりわけ、持続可能な「開発」を実現するためには、開発をめぐる諸課題の解決が問われていることに無関心であってはならない。

A 課題解決における参加と当事者性(リアリティ)
 これまでも、開発教育は身近な地域(自分)と地球的諸課題とのつながりを理解し足元から変わることを問うてきた。けれども、足元を掘り下げ、地域で行動・参加していく「ローカルからグローバルへ」の取り組みとしては十分でなかった。また、開発教育では遠い世界の出来事を扱うゆえに参加型の手法が発達したが、どうしても当事者性あるリアリティを伴った探究から離れがちになるという限界性もあった。<5>
 すなわち、これまでの開発教育では、世界の現実を学ぶことから私たちのあり方を問うアプローチと私たちの身の回りから世界とのつながりに気づくアプローチとが併存していたが、身近な問題を本当に自分の問題として掘り下げて世界とつなぐ学びではなかった。どうしても世界の問題の方に焦点があった。
今日は第3のアプローチとして「地域を掘り下げ世界とつながるアプローチ」が重要になっている。地域の「開発」をどう進めるか、そこから何を学ぶかが問われている。ここではリアルな開発問題の現実に「参加」していく学びがあると同時に、グローバリゼーションの時代だからこそ、世界の現実に類似する課題を見出すことができる。日本にも開発問題がはっきり見えてきた今日、私たちは自分たちの地域の開発問題(貧困・格差、地方の衰退、多文化共生、環境破壊、食と農の問題など)を発見することが重要である。
 もちろん、それで終わってしまっては開発教育としては道半ばである。開発教育はそこから世界の開発をめぐる問題を学び、つながりに気づき、共感を伴った理解を通して世界の関係性を探求しながら生き方を問い直していく。これまでの開発教育からすれば遠回りのように見えても、これこそ「急がば回れ」であり、「日本の開発教育」の確立と言えよう。また、ここでの「参加」の重視は市民教育につながるものであり、開発教育で実践するESDにおいては地球市民性(Global citizenship)を涵養するだろう。

B  開発教育の学びの深化
 開発教育は経済中心の開発観に対して「真の開発とは何か」を常に問い続けてきた。けれども、地球的諸課題の探求での構造的理解はいまだ課題である。すでに1980年代に、当時の旧開発教育協議会の座談会で金谷敏郎氏は「教育活動としての一番大きな問題は、途上国理解、貧困の状況などという知識面での学習は学校で試みられ、材料も結構ある。しかし、その現状学習でとどまってしまって、南北問題の本質は何であるかという学習に迫りきれない」「現象面を取り上げることはできるが、構造的な問題に突っ込みにくい。そのあたりが開発教育を進めるうえで一番大きな課題である」と発言されていた。<6>
 今日では、グローバルな時代ゆえに世界と地域の課題には構造的な同質性があるが、そうした学びを構造的理解として深めていくことが重要なのである。探求すべきは、グローバリゼーションと持続可能な社会との兼ね合いであり、私たちの社会の前提である資本主義・民主主義の現実の内実を問う学びが問われる。
 今後、探求の方法論として注目したいのは、部分としての諸要素の関係性から全体に着目する「システム思考」である。重要なのは、単に出来事(現象や事象)の分析にとどまらずに、その奥に潜むパターンや構造を見抜こうとするモノの見方考え方である。

(2) 新学習指導要領とESD

 教育は、一人ひとりの人間形成をめざすと共に私たちの諸課題に総合的に取り組み、解決に向けて協力することのできる能力と態度を育成しなければならない。その際は、十分な基礎知識を習得し、あるべき姿の検討を伴って効果的な提案をなすために現実の障害を克服していく学習をどう創るかが問われる。
 今日、ESDへのわが国の対応は2008年に全面改訂された新学習指導要領に現れている。注目すべきは中学校と高等学校で「持続可能」という文言が入ったことである。確かな学力に基づく「生きる力」の育成等の筆頭理念の補助的扱いとはいえ、総則での重要事項としてESDの視点が導入され、各教科において「持続可能な社会の形成」が「在り方生き方」「共に生きる社会」等との関連で唱えられた。これからの学校教育では「持続可能な社会の形成」が学習課題となったのである。自ら課題を見つけ、自ら学び自ら考え、主体的に判断し、より良く問題を解決する資質や能力を重要する「生きる力」あるいは学習到達度調査(PISA)の学力(問題解決力)にも通ずるものである。
 さらに、2006年の関係省庁連絡会議では「国連持続可能な開発のための教育の10年実施計画」が策定されている。この実施計画は、新学習指導要領の「持続可能な社会の形成」に関する内容を紐解く指針と言える。計画では、教育課題として、世代間公平、地域間公平、男女間平等、社会的寛容、貧困削減、環境保全、天然資源保全、公正・平和な社会をあげている。そして、優先課題としては社会経済システムに環境的配慮を織り込むことを重視しながら、環境・開発・平和・人権の対象となる課題について総合的に取り組むことの重要性を指摘している。<7>
 このことは、まずエコロジーを優先するが、それがその他の諸課題を後回しにすることではないということである。エコロジー単独で完結してしまうのでなく、つながりのある諸課題に総合的に対応できる学習が求められよう。

(3) ESDに関する基本的留意事項

 持続可能な社会づくりを探求する教育実践に当たって、まず留意すべきは、「持続可能な開発(Sustainable Development)」の定義である。
 広く是認されているものは「将来の世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、現在の世代のニーズを満たすような開発」という「環境と開発に関する世界委員会(ブルントラント委員会)」の定義である。ここには2項あるが、前者は「世代間公正」(環境的適応)に、後者は「世代内公正」(社会的公正)につながる。実践ではこの2項への対応が問われる。委員会は、開発が持続可能であるための8つの主要課題(人口と人的資源、食糧安全保障、種と生態系、エネルギー、工業、都市問題、共有財産の管理、紛争と環境悪化)を提起している。<8>
 ブルントラント委員会の定義はいわば世界の公式見解であるが、持続的経済発展にお墨付きを与えるものと捉えることすらできる曖昧さもある。けれども、委員会の報告書がそのほとんどを割いて「持続可能な開発」のために解決しなければならない諸課題を説いていることを看過することはできない。
 実は、残念ながら、最近のユネスコの報告書は課題に向き合う部分が少なくなっている。けれども、「ESDの十年国際実施計画」(2005)では、ESDの持続可能性に関する課題として、環境課題(水問題・廃棄物問題)、社会課題(雇用・人権・男女間平等・平和・人間の安全保障)、経済問題(貧困削減・企業責任と説明責任)の3領域と横断的課題(HIV/AIDS・移民・気象変動・都市化)を提示している。そして、ESDはあらゆる人々の教育と課題解決の取り組みを支援するものとしている。<9>
 こうして、(開発教育で実践する)ESDの使命は、社会(地域と世界)の諸課題に向き合い、より良い変化を生み出すための教育実践にある、と言わねばならない。


3 地域を掘り下げ世界につながるカリキュラムに向けて

(1) カリキュラム・デザイン案(ねらい、目標、内容)

 開発教育カリキュラムの歴史に学び、今日的課題を整理してきたが、持続可能性が問われるサステイナビリティの時代に対応する新しいカリキュラム案の構想はどのように描けるだろうか。持続可能性にとって良い変化とはいかなるもので、地球的視野でそうした変化はいかに可能かがデザインのテーマである。ここでは、開発教育で実践するESDを「地域を掘り下げ世界とつながる探求のプロセスを通して、持続可能性に関わる総合的な諸課題の現状を知り、持続可能な開発のあり方を考え、公正で共に生きることのできる循環型の社会(地域と世界)がいかに実現できるかを探求する学び」と定義しよう。<10>

@ ねらいと目標
 カリキュラムのねらいは「持続可能な社会の形成(公正で共に生きることのできる循環型の社会の形成)」である。持続可能性に関わる地域と世界の総合的な諸課題に取り組むことで、持続可能な社会づくりへの変化に参加できる能力と態度を養う。その能力と態度は地球市民意識の形成につながる。
 探求のプロセスでは、共感的理解から構造的理解に深化できる学力として、基礎となる「知識」、思考力・分析力等の「技能」、主体的な気づきによる変容を含む「態度」が重要である。

A 基本理念
 開発教育のねらいと目標に関連する中心概念は「公正」および「共生」である。「共生」は自然との共生(循環性)を含む。開発教育で実践するESDカリキュラムの内容におけるキーワードは「公正」「共生」「循環性」である。

B 内容
 ESDの内容領域は、環境、開発(貧困)、人権、平和等の諸領域を総合的に含んでいる。課題群は各々が密接につながっており、また、私たちと各課題も人ごとでなくつながっている。内容系列は「知識の系列」というよりも地域と世界の課題群としての「問題の系列」である。
 問題の系列はこれまでの開発教育のカリキュラムの学習目標に現れている。ここでは、その5つの学習領域とそこでの単元(テーマ)例を、持続可能性の視点を意識しながら提示しておこう。

・文化の多様性(持続可能な開発を考えるうえで、人間の尊厳性の尊重を前提
 とし、文化の多様性とゆたかさを理解する)→「子ども」「文化」
・貧困格差の削減(地球社会の各地に見られる貧困や格差の現状を知り、その
 因果関係を理解する)→「貧困」「識字」「難民」「ジェンダー」
・地球的諸課題の関連性(開発をめぐる問題と環境破壊などの地球的諸課題と
 の密接な関連を理解する)→「食」「環境」
・世界と私たちのつながり(諸課題のグローバルなつながりを理解し、地域と
 地球的諸課題との人ごとでない関わりに気づく)→「貿易」「在住外国人」
・私たちの取り組み(持続可能性に関わる課題を克服するための努力や試みを
 知り、参加できる能力と態度を養う)→「国際協力」「まちづくり」

C カリキュラム実践上の視点
 カリキュラムを貫く視点は地域を掘り下げ世界とつながる学びである。地域の探求こそが当事者性とリアリティを伴う学習活動となる。そして今日、地域と世界は連動しており、地域の課題は世界の課題であり、世界の課題は地域の課題と捉えることができる。そもそも地域の重視は1992年の国連会議(地球サミット)以来のローカルアクションの理念にも対応している。さらに、地域の自立や「分散ネットワーク型社会」の構築など、地域の課題解決こそが日本および世界の課題解決につながるという学びも展望できる。
 開発教育で実践するESDの活動は「ローカルからグローバルへ」の学びとして、次の5つの視点を重視して進めたい。

○地域を掘り下げる:地域の現状を自分の問題として探求する
○人とつながる:人と人、人と組織をつなぎ直し、地域の共同性を生み出す
○歴史とつながる:先人たちの知恵に学びながら、自分たちの未来を描く
○世界とつながる:世界とのつながりに気づき、世界との共同性を生み出す
○参加する:地域の課題解決を提案し、社会変化の担い手となる

 地域の課題に向けて、ゆたかな人間関係を築き、地域の歴史に学び、みなの参加を得ながら課題を克服し、それによって地域が生き生きとなり、さらに、他地域や世界との自立と共生のつながり方を実現していくことがここでの本旨である。
 地域と世界のつながりについて、ユネスコは次のような学習活動を例示している。世界の9つの主要な問題を示している図2において、関連性ある問題を線で結んでみることから始め、その理由を考察していく。そして、つながりの線引きを図のなかで出尽くすまで続け、そのリンクについて検討していく。さらに、世界の問題を地域レベルで考えて具体例を挙げ、その解決に向けて地域で行動していく学習である。<11>


<図2> 9つの主要な世界の問題
 (出所:ユネスコ『持続可能な未来のための学習』)


 こうした学習活動は地域と世界のつながりの理解である。今日のグローバリゼーションの下で、私たちの問題と世界の問題とはリンクしているというグローバルな相互依存性や、ともにグローバルな困難に直面しているという類似性を構造的しくみとして発見する学びである。
 なお、こうした諸問題のつながりに向き合うとき「人間開発」の視点は重要である。人間開発は開発概念を総合的にとらえ直して、保健(出生時平均寿命)、教育(教育達成度)、所得(1人当たり実質国内総生産)等の多面的開発を重視するが、経済開発を内に含んでいる。福祉指標を重視しながら経済開発とどう折り合うのかの葛藤がここにはある。こうした対立を含んだ学びは「持続可能な人間開発」を問う学びとなるだろう。

(2) 地域と世界をつなぐ展開例(方法、評価、単元構成)

@ 方法としての「地元学」、「PLA」、「アクション・リサーチ」
 地域を掘り下げる方法としてここに紹介するのは、地元学、PLA、アクション・リサーチである。これらは内に評価も含んでいる。
 地元学は日本で生まれた方法で、自分たちの地域に元々あった豊かな自然、人とのつながりなどをもう一度取り戻すために地域を探求するのである。ここでは「ないものねだり」より「あるもの探し」で地域を再発見し、活性化していくことが重要である。
 PLA(Participatory Learning and Action参加型学習行動法)」は途上国の参加型開発であるPRA(Participatory Rural Appraisal参加型農村調査法)からきている。住民が主体となって調査を行い、地域を探求していく。
 具体的手法としては、地域マップづくり(地域を歩いて地図を作り、地域の特徴や課題を発見する)、季節カレンダー(地域の生活リズムを確認し、生活の特徴や課題を発見する)、社会関係図(社会組織や集団との関係を表現し、社会関係の特徴と課題を発見する)、地域課題ランキング(地域課題を出し合い、取り組むべき課題を絞り込む)、因果関係図(特定の問題についての因果関係や解決策を考え、それが実施された結果を想像する)などがある。<12>
 アクション・リサーチは、地域に出て調査・分析し、地域の課題を発見してその解決策を模索していく。先のPRAの参加型開発の手法を学校教育に応用している。具体的には次の5つのステップがある。<13>

a. 問題の特定:問題を聞き取り、地図化し、優先順位をつける
b. 調査と分析:問題をさまざまに研究し、調査し、図表で分析する
c. 計画:提案を練り、活動のための計画を立てる
d. 行動:状況を改善するためのプロジェクトとして行動する
e. 評価と反省:自己評価し再度挑戦するか、新しく発見した問題に移る

A 開発教育で実践するESDの単元構成例
 地域と世界を総合的に探求するにはどのようなフレームワークを描けるだろうか。
 基本は、「自分のまちを歩いてみる」ことから始まる。教室でのワークショップでも、「地域の開発問題」を模造紙に書き出し、そこで見えてきたものをどう捉えるか、持続可能なまちづくりとはどういうことか、さらに世界との関わりがどう見えるかを検討していくリアリティを伴う学びが重要である。
 学校教育の地域学習の現実からすると、「地域」「課題」「参加」をキーワードにした地域調査から、それらを地球的視野に広げて「地域の国際化」「グローバルな課題発見」「世界とつながる地域」をキーワードにした学習へと、段階的に進めるプロセスが現実的かもしれない。
 全体として世界を見る場合には、たとえば、環境に関する悪循環の構図を次のような切り口で整理できる。

A 先進国の「環境悪化の悪循環」の切り口
 ・・・大量資源エネルギー使用〜経済成長〜環境悪化の悪循環
B 途上国の「環境悪化の悪循環」の切り口
 ・・・貧困〜人口増加〜環境悪化の悪循環
A+B 世界のつながりの切り口
 ・・・大量資源エネルギー〜グローバルな経済活動等を通したつながり


<図3> 環境に関する悪循環の構図例(出所:筆者作成)


 ここで展開するのは、まず、私たちの社会の持続可能性の模索である。たとえば、地域の自立のためには「再生エネルギー」や「分散ネットワーク型社会」がどう実現できるかを探求する。次に、そうした探求に連動して、私たち自身も含まれている世界のあり方を探求していく。


4 ま と め

 今日は、持続可能性の観点で、時代的転換期である。それは、地球環境問題、資源・エネルギー問題に限らず、国際金融をはじめとした国際政治・国際経済などの現状も持続可能性が疑われている。
 開発教育カリキュラムは、貧困・格差の問題を軸にしながら地球的諸課題に向き合ってきた。今日では、持続可能性が問われる時代において、グローバルな世界に対応する新しい展開が問われている。それを「開発教育で実践するESD」と名付けるとすれば、その学びは、地域を掘り下げ世界とつながる探求のプロセスを通して、持続可能性に関わる総合的な諸課題の現状を知り、持続可能な開発のあり方を考え、公正で共に生きることのできる循環型の社会(地域と世界)がいかに実現できるかを探求する学びとなる。グローバリゼーションの下で、地域と世界が連動する当事者性を伴った展開が学びの真髄となる。
 開発教育は、これまでも今後も、開発という概念自体を問い直すことを内に含んでいる。持続可能な社会の形成を志向することは、人間が人間らしく共に生きることのできる循環型の社会のあり方を追求することである。重要なのは「開発のあり方」を問うことである。さらに、私たちと世界のつながりや連動性の理解を深めることである。
 本来、開発教育の学びは「人間にとって本当に大切なものは何か」に思いを巡らす学びを伴っている。それは、人と社会と自然が共に生きることのできるあり方への思いであり、まさに「持続可能性の倫理」に迫るものである。ここには、近代化や物質的豊かさだけではない価値を模索する学びがある。すでに20年前に、中村尚司は経済発展した日本社会の「貧しさ」を鋭く指摘していた。物質的な自由を手に入れたはずの私たちの社会における関係性の欠如、おおらかな多様性の喪失、そして解体された物質の循環・・・それらは生気に満ちた本来の「豊かさ」に反している。<14>
 協働的な営みとして地域の課題を掘り下げ、人とつながり、伝統の知恵(ローカルウィズダム)に学びながら持続可能な社会のあり方を展望することは、私たちの社会が生き生きとし、世界との望ましいつながり方を築いていくことにつながるだろう。こうした活動は、私たち一人ひとりをより人間らしくし、よりエンパワーし、地域と世界の「持続可能な社会」と「関係性のゆたかさ」をみんなで築いていく未来につながっている。 [小貫 仁]



1> 開発教育カリキュラム研究会『開発問題学習カリキュラムの構造』1983年
2> 開発教育カリキュラム研究会『開発問題学習の目標と教材の分析』1984年
3> 田中治彦「開発教育とカリキュラム」田中治彦他編『いきいき開発教育』開発教育協議会、2000年、pp.7-13
4> ユネスコ編/阿部治他監訳『持続可能な未来のための学習』立教大学出版会、2005年、pp.3-4
5> 山西優二「これからの開発教育と地域」山西優二他編『地域から描くこれからの開発教育』新評論、2008年、pp.4-15
6> 開発教育協議会座談会「開発教育の広がりを求めて」開発教育協議会『開発教育』No.15、1995年、p.3
7> 内閣官房編「わが国における「国連持続可能な開発のための教育の10年」実施計画概要」2006年、http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/kokuren/index.html
8> 環境と開発に関する世界委員会『地球の未来を守るために』福武書店、1987年、pp.28-29, 66-70
9> UNESCO“United Nations Decade of Education for Sustainable Development 2005-2014、International Implementation Scheme”、2005、p.7
10> ESDは「持続発展教育」とも訳されるが、肝心なのは訳の問題を超えて、「封じられた状況の克服」を原義とする「developmentのあり方」を問う学びの実現である。
11> 同上『持続可能な未来のための学習』pp.9-11
12> 田中治彦『「援助」する前に考えよう』開発教育協会、2006年、pp.61-79
13> ロジャー・ハート『子どもの参画』木下勇他監修、IPA日本支部訳、萌文社、2000年、pp.90-106
14> 中村尚司『豊かなアジア、貧しい日本』学陽書房、1989年、pp.2-6

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