T−1 開 発 教 育



『 社会科教育事典 』 (日本社会科教育学会編、ぎょうせい、2000) より


                                    日本社会科教育学会
                                    開発教育協会
                                    小貫 仁

成立と展開

 開発教育(Development Education) は、1960年代の南北問題への関心に伴い、欧米諸国で誕生した新しい国際教育である。国際協力に携わっていたNGOによって、旧植民地の抱える問題への理解とその解決をめざす教育活動として始められた。そして、70年代には、各国の援助省庁の支援を得、たとえばイギリスでは多数の開発教育センター(DEC) が設立されるなどしながら学校教育へと広がっていった。
 日本では、1970年代後半から、国際協力NGO、青少年団体、青年海外協力隊経験者などによって徐々に実践が進められ、1982(昭和57)年には、開発教育推進のための組織として開発教育協議会が設立された。
初期の開発教育は、旧植民地の窮状つまり貧困や格差の状況を多くの人々に知らせ、人道的援助を供与するための教育であった。それが70年代になると、南の貧困の根本原因やそれに関わる北の責任を考える教育へと発展した。この時期、ユネスコはそれまでの国際理解教育を新たな段階に押し上げる歴史的な教育勧告(1974)を行っている。これは世界の諸問題に立ち向かう教育(「国際教育」)の必要性を勧告したものだが、開発教育の推進に大きな影響を与えた。
 また、石油危機など混迷の70年代を経て、開発問題を軸としながらも地球的諸課題を視野に入れるようになった。1990年代以降は、国連環境開発会議(1992)での「持続可能な開発」や社会開発サミット(1995)での「社会開発」が提起されるなど、国際会議の舞台でも開発のあり方が問われ続けてきている。
こうして、今日の開発教育は、開発をめぐる諸問題を理解し、望ましい開発のあり方を考え、共に生きることのできる公正な地球社会づくりに参加することをねらいとした教育活動である。
そこでは、多様性の尊重を基礎として、貧困や格差など開発をめぐる諸問題の現状と原因を理解するのであり、その際、環境問題などとの関連を理解すること、自分とのつながりに気づくこと、共同して社会に参加できる市民になることなどが重視されている。

内容と方法

開発教育の考えるカリキュラムとは、従来のように教師が意図して計画するものではなく、意図する側(教師)と学ぶ側(生徒)とが共に創り出すものであり、いわば学習の過程(プロセス)そのものである。
 開発教育の学習課題(主題)例として考えられるのは、貧困、国際協力、貿易、環境、難民、在住外国人、食料、文化、識字、子ども、ジェンダーなどである。近年は、これらの主題を身近な地域の課題(日本の開発問題)から世界の理解へとつなぐアプローチが試みられている。
 開発教育は、もともと知識伝達よりも課題解決の学習であり、何よりも自らの気づきを重視する。また、どうしたら課題解決できるかまでを含めて学習する。その際に求められるのは学習者の主体的な参加である。そのために開発教育では様々な方法が工夫され、従来からの調査〜発表ばかりでなく、ランキング、プランニング、フォトランゲージ、シミュレーション、ロールプレイなどが積極的に導入されてきた。また、講義形式の場合も、教師は学習者の学びを促進する役割を担うファシリテーターであり、一方的な知識伝達でなく対話に満ちた参加型の授業を展開しようとする。こうした学習を通して、他者への関心や現状への共感を高め、わかちあいの心情を学び、協力して調べたり、互いの意見を交わしたりしながら、学びを深めていくことが重視される。

課題と展望

 開発教育協議会が、ここ数年、学校教育での課題として取り組んできたのはカリキュラムと教材の整備であり、担い手のためのワークショップやセミナーによる内容と方法の普及である。また、国際協力事業団(JICA)は、1998(平成10)年に「開発教育支援のあり方」に関する調査研究を実施し、今後取り組むべき課題として、情報、教材、人材、資金、ネットワークに着目している。
 ところで「開発」という用語の原義は "de+envelop" で「封じられた状態からの解放」を意味する。開発教育は端的には「経済成長優先の開発を問い直し、開発のあり方を問う教育」である。生産、福祉、環境、という三要素の均衡に配慮した開発のあり方が問われる。
 現代世界は、政治、経済、文化におけるグローバル化がますます進展している。それは西欧の近代化が押し進められる過程でもある。近代化は、人間を合理精神によって解放したり、工業化による経済発展をもたらすなどの意義を世界に及ぼてきた。けれども今日、その行く末には諸問題が顕在化している。市場原理の展開は、格差を拡大し、弱者を収奪する傾向を露にし、そのゆがみは、世界の新しい二極分化、社会的精神的な分裂激化、さらに地球環境危機など様々に現れている。21世紀には、開発問題を含む地球的諸課題の解決が一層急務となるだろう。
 開発教育は、その21世紀に、「地球社会で共に生きる力」を獲得し、世界の現実を人ごとでなく引き受けることのできる市民(地球市民)となるための教育を志向している。
<小貫 仁>

[ 参考文献 ]
・ ユニセフ『開発のための教育』,日本ユニセフ協会,1994
・ 田中治彦『南北問題と開発教育』,亜紀書房,1994
・ 開発教育推進セミナー『新しい開発教育育のすすめ方』,古今書院,1995
・ 西川潤『社会開発』,有斐閣,1997
・ 開発教育協議会編『わくわく開発教育』,開発教育協議会,1999
・ 開発教育協議会編『開発教育のカリキュラムと教材』,開発教育協議会,2000


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