イ ギ リ ス 教 材 の 模 擬 授 業



『 社会科研究集録 第31号 』 (埼玉県高等学校社会科教育研究会、1995) より

                             開発教育協会 小貫 仁
                             地域と地球をつなぐ学びの広場主宰
                             http://www.ne.jp/asahi/onuki/hiroba/


1. はじめに

  "DHAKA TO DUNDEE"(1988)はイギリスのリーズ開発教育センターの制作による開発教育教材です。今回扱った『援助と開発』はその第6ユニットであり、私たち「地理教育と国際化班」が翻訳し、日本で使用できるように修正を施して授業実践したものです。(開発教育協議会より近刊)
 この活動内容については、前年度末の3学期研究会で報告しました。(前号No.30参照) しかし、このときは時間不足で、教材の具体例について十分に紹介することができませんでした。そこで、「もっと詳しく知りたい」という声があり、では模擬授業形式で実際にやってみようというのが今回の企画でした。したがって、模擬授業といっても生徒対象ではなく、教員のための体験セミナー的なものとして実施されました。

2. 開発教育とその方法について

 開発教育の目的について論じるとき、私は、前回、イギリスで展開されている論点を引用しました。つまり、自分の権利と他人の権利とを守ろうとすること、人類の全体的な善(good)に対する責任感を持った市民性を育てること、と言う論点です。( "FEATURES", Sep27,91 より)
 この論点は「地球市民」の権利と責任を問題としています。教育(特にここでは「国際教育」)においてどんな市民を育成するのかを考える視点としては、重要な示唆に富んでいると思います。
 まず、このような目的の実現は、子どもが持っている正義に対する感性を励ますところから始まるとされています。このことが不公正に対する "It's not fair" の感覚につながっていきます。教育の可能性は、このように子どもの心の中の正義の感性を励ますことで、ひいてはグローバルイシューに対する変革の力に対する信念をやしなうことにあるとされています。
 私は、開発教育は知識の伝達にとどまるものでなく、新しい価値を創造するものであり、未来をひらくものであると考えます。そしてそのキーワードが「社会正義」「変革」「搾取からの解放」「参加」「行動」とされているごとく、その対象課題は、内なる開発問題からグローバルイシューまで非常に幅広いものです。
 さて、このように、開発教育は「知識」よりも「創造」に関わるゆえに、その教育方法は学習者自らの意思決定が非常に重要になります。つまり、自ら「調べ」「気づき」「話し合う」学習が何よりも不可欠なのです。
 以上について、補足しながら整理すると次の通りです。
1)子どもの持つ正義の感性を励ます過程を前提とする。
2)共生の感覚で諸問題を共感的に理解する。
3)公正を求める正義感に基づいての批判的な考察を伴う。
4)内なる開発問題からグローバルイシューまで幅広く取り組む。
5)変革の力に対する信念をやしない、参加の態度をやしなう。
6)自ら主体的に学ぶ参加型の学習形態をとる。
 今回の教材もまさに参加型です。そのことを、できるだけ教材そのものを提示しながら、ここで再現していきたいと思います。

3. 実際にやってみた教材について

  "DHAKA TO DUNDEE"(1988)全体は7つのユニットで構成されていますが、その方法形態の内訳は次の通りです。


(表) 授業形態(全30教材)の分類 −略−

 
 今回扱った第6ユニット "AID AND DEVELOPMENT" の修正版『援助と開発』の章立ては次の通りです。

〔目次〕
第1章 背景
第2章 開発とは何か−ランキング < 15分 >    上表 1)- 1
第3章 日本を開発する < 40分 >            上表 1)- 3
第4章 日本に援助をする < 20分 >          上表 1)- 3
第5章 開発とは何か−やさしい練習 < 30分 >  上表 1)- 3
第6章 大ダッカ発電所 < 30分 >           上表 2)
第7章 援助国になる < 45分 >            上表 1)- 3
第8章 成人識字プログラム < 25分 >        上表 1)- 5

 今回は、2時間というきわめて限られた時間しかありませんでしたので、導入であるブレンストーミングと第2章のランキング、第7章のプランニングのみを大急ぎで行いました。

ブレーンストーミング
 これは対象となっているバングラデシュについての導入です。グループは各自がバングラデシュ
について知っていることを自由に書き出し、模造紙上に分類していきます。
今回の方法をまとめると次の通りです。
1. 6〜7人のグループに分ける
2. 各自バングラデシュについて自由にカードに書く
3. グループ内で模造紙の上に読み上げながら分類していく
4. 全体図を自由に意見交換し模造紙にまとめる
5. 全体の中で、各グループが模造紙の内容を発表する
この導入は、学習者の知識・関心の具合を確認できるとともに、学習者自身がこれからの学習に
対して意欲をもつことを助けることに意味があります。

ランキング
 ランキングは順位づけです。以下の9つの定義カードについて、ペア又はグループで話し合い、
順位づけ作業を行います。その方法は、次のようにダイヤモンド型に並べるのが一般的です。

例 : 最も賛成するカード −−−−−−→ 2
                         5   9
                       1   3   7
                         6   8
   最も反対するカード −−−−−−→ 4

 このランキングのねらいは、生徒が自ら考え判断すること、生徒が自ら話し合い検討を深めること、ものごとを多面的に検討し考察する態度をやしなうことなどです。
 特にこの教材では、「開発」といえば「経済開発」しかイメージしない一般的な先入観を黒板とチョークを使わずに多面的にイメージ形成する方法としてきわめて有効です。
 最後に、参考までに、参加された方々が最も賛成した項目と最も反対した項目のみについてその数字をあげておきます。

最も賛成:カード1−− 3名    最も反対:カード1−− 2名
       カード2−− 0名          カード2−− 1名
       カード3−−13名          カード3−− 0名
       カード4−− 1名          カード4−− 1名
       カード5−− 0名          カード5−− 0名
       カード6−− 3名          カード6−− 2名
       カード7−− 1名          カード7−−21名
       カード8−− 3名          カード8−− 0名
       カード9−− 8名          カード9−− 0名

 固定した正解はありません。それぞれ一理あるからです。上の結果について、いろいろな考察が可能ですが省略します。私の実際の授業では、最後にもう一度行うことで、その変化を見ることを行っています。

プランニング
 これは現状の問題点を分析し、よりよい解決のために具体的プランを立てるものです。分析のための資料はカード化されています。しかし、ここでは紙面が尽きてきたので具体例を含め、詳細については省略します。

4. おわりに

 やってみての反応は概ね良かったように思います。「素晴らしい教材だ」というご意見をいただいたことは本当に嬉しく思っています。ただし、時間が限られていたために駆け足になってしまったのが残念です。
 今回紹介した "DHAKA TO DUNDEE"(1988)は、修正版『援助と開発−−開発教育の活動事例実践集−−』として開発教育協議会より近刊予定です。その冊子の特徴は、ここで紹介した「ランキング」「プランニング」をはじめとして、さまざまな活動事例が豊富に含まれていること、さらに、学校現場での私たちの実践事例が報告されていることでしょう。ですから、今回紹介した教材からでも、とにかくやってみることをお勧めします。
 実際にやってみることの意義は、想像以上に大きいでしょう。黒板とチョークの授業ではなく、参加型の授業作りに日々刻苦している私たちにとって、あるべき授業のひとつのモデルパターンになりうると信じます。参加型授業のイメージとノウハウを実践を通して共有できたら、私たちにとってこれにまさる喜びはありません。
 さらに、できれば、この教材のノウハウをいかした教材作成がますます進むことを期待したいと思います。この教材は完璧なものではないかも知れませんが、そのための活動事例集としては十分に貢献しうるはずです。
 今年度から「総合社会科研究委員会」の1グループとなった私たち開発教育研究班は、今後とも海外文献を研究しながら授業実践し、さらに、独自の教材開発を進める予定です。言うまでもなく開発教育は「地理」だけの教育分野ではありません。総合社会科研究の意義を共有し、科目の垣根を取り払って、できるだけ多くの方々と「民際学」に立脚して世界の現実をみつめ未来をひらく、「地球市民」の育成に協力できたらと願います。


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