消費者の眼で学ぶ経済学習
〜ディベートを班別発表の方法として


『 南高紀要 第3号 』 (埼玉県立川越南高校、1992) より

                            開発教育協会 小貫 仁
                            地域と地球をつなぐ学びの広場主宰
                            http://www.ne.jp/asahi/onuki/hiroba/

(授業は 1990 年のもので、この当時、ディベートはまだ普及していなかった。したがって、その手法について、今日では自明の事柄が説明されているが、そのまま掲載する)


1.はじめに

 私が社会科で消費者教育に取り組むようになったのは、経済教育に非常に有効だからである。私の専門は経済であるが、経済学習のおもしろさを何とか生徒に伝えていきたい。ところが、往々にして、生徒は経済学習を金儲けの手段ぐらいにしか考えていない。また、政治と経済ではどちらかと言えば政治の方が取りつきやすいようである。社会認識の基礎としての、あるいは、「経国済民」としての経済の本当のおもしろさから、少し疎外されている面がある。大人になっても「私は経済が苦手だ」では非常にまずいのであるが、そういう傾向があると思う。
 ところで、これまでの経済学は生産者の立場で理論構成される面が強すぎるのではないだろうか。それでは、高校生にとって経済学習が取りつきにくいのは当然である。また、いくら経済を学んでも、生活者として社会との関わりを具体的に理解することは困難であろう。そんな素朴なことを生徒を前に常々考えていた。
 そこでここ数年、いわゆる消費者の眼で経済を学ぶという立場で授業を組み立ててみている。すると、どうも生徒はこの方が理解しやすいようである。あるいは、生徒が経済に関心をもつという現象がうまれた。以下は、その実践例である。

 さて、経済教育との関連で消費者問題を扱うとき、その内容は大きく次の3つの方向が考えられる。
(1)財の欠陥、瑕疵等に関わる消費者問題
(2)企業の販売競争と契約に関わる消費者問題
(3)貿易、流通、物価等に関わる消費者問題
 これらはいずれも重要であるが、今回は(1)の問題を中心とした。ここでのテーマは、「企業の社会的責任」ということである。日本における企業の社会的責任は、過失責任原則がとられているが、今日では無過失責任としての「製造物責任」が大きな課題である。
 したがって、きわめて時事的な問題として取り上げた。また、今回の授業は、学校における消費者教育の経済分野の総括であることを意識した。

2.授業実践について

 製造物責任の問題を社会科の授業で取り上げるときに、かなりの程度、市民社会の原則さらに資本主義経済そのものについての知識が必要である。
 また、消費者の問題を扱う以上、小・中・高の段階に応じて適切な消費者教育を受けてきていることも前提となる。しかし、現実問題として、学校における消費者教育の実態は決して望ましいものと言えないと思う。

 授業の前に、高校3年になるまでの消費者教育について実態を調査した。ここでは、その中から、授業で扱うキーワードに関するものを抽出し、その結果を示す。
 次の用語を知っているとしたもの。
1 「消費生活センター」   79/211(37.4%)
2 「製造物責任」       28/211(13.3%)
3 「消費者保護基本法」  27/211(12.8%)
4 「消費者の4つの権利」 12/211( 5.7%)
5 「ラルフ・ネーダー」     5/211( 2.4%)
 89年に来日したばかりのネーダーを、ほぼ全員が知らなかったことはともかくとして、その他の項目についてもほとんど学習していない。(家庭科での履修を考慮して、男女に分けて集計してみたが、有為な差はなかった)
 これが実態である。したがって、授業は、経済学習を一通り終了したあとに「企業の社会的責任」という切り口で内容を再構成したのだが、基本的な事項をできるだけやさしく解説する必要があった。

 また、この製造物責任問題について、私がいくら教室で教え込んだところで、生徒が主体的に自分の頭で考えるようになることは期待できない。つまり、方法論の問題として、講義一辺倒には限界がある。
 本来、社会科の授業は、授業実践上、次の観点が必要であろう。
(1)基本的な構造を中心として内容を精選・集約する。
(2)主体的な課題学習として展開する。
(3)単なる知識ではなく自ら考える力を重視する。
 こうした観点は、消費者教育や環境教育、開発教育などでは特に重要である。
 そこで、私は社会科の授業では、次の3段階の形態が必要であると考える。
(1)基礎・基本の発見的学習
(2)班別の課題学習
(3)系統的知識のための総括学習
 こうした授業のあり方は、私の現在の到達点でもあるのだが、言うは易くとも、行うは決して容易ではない。
 だからこそ、社会科教育では方法が大事だと思う。ここでは、班別の課題学習の方法として、ディベートを採用した。製造物責任問題のように、賛否が分かれている問題を扱うときには、この方法は非常に適している。授業は客観的に情報を提供するというつもりで行う。あとは、生徒が自分で調べ、判断し、そして主張するのを助けるのである。

 今回の指導案は、次の通り。
(1)対象:高校3年生
(2)教科:社会(「政治・経済」)
(3)単元:「現代経済の特徴とはたらき」および「国民経済の構造と経済成長」の復習
      <1時間目> 市場と消費者主権
      <2時間目> 市場の失敗と企業の社会的責任
      <3時間目> 消費者問題の歴史
      <4時間目> 責任原則の変遷
      <5時間目> 製造物責任について
      <6時間目> ディベート直前指導
      <7時間目> ディベート本番
(4)ねらい: 1) 資本主義経済について、消費者の観点から系統的に総復習する。
        2) 消費者問題発生の本質を考察する。
        3) 企業の社会的責任に関して、製造物責任にまで認識を深める。
(5)留意点:  1 全班、消費生活センターでの調査を必須とする。
         2 代表班がディベートし、他の班はメモをしながら審査する。
 ディベート(7時間目)の学習展開図は、次の通り。
−+−−+−−−−+−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−
  |時間|学習内容|   学習の展開      |   学習作業・留意点等      
−+−−+−−−−+−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−
  |10分|ディベー |・論題提示          |・会場設定は、授業前に済ませて
導 |    |トの進行 |「製造物責任をアメリカ   | おく。                  
  |    |について | 並みに厳しくすべきで   |・他の生徒は、必ずメモを取りなが
  |    |       | ある」            | ら聞くよう指示する。        
入|   |       |・進行表を中心にルール |                      
  |   |       | の確認            |                      
−+−−+−−−−+−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−
  |30分|ディベー |・肯定側立論 5分     |                      
  |   |ト      |・質疑応答  3分     |                      
展|   |       |・否定側立論 5分     |                      
  |   |       |・質疑応答  3分     |                      
  |   |       |・作戦タイム 1分     |                      
  |   |       |・否定側反駁 2分     |                      
開|   |       |・肯定側反駁 2分     |                      
  |   |       |・否定側結論 3分     |                      
  |   |       |・肯定側結論 3分     |                      
−+−−+−−−−+−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−
終|10分|結果発表 |・審査結果発表        |・次時の予告等。            
結|   |と反省  |・講評               |                      
−+−−+−−−−+−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−
 なお、評価の方法は次の通り。
(1)各人は、講義の内容をレポート用紙にまとめて提出する。
(2)各班は、立論のシナリオに調査資料を添えて提出する。
(3)確認チェックテスト、事前・事後のアンケート

3.ディベートについて

 ディベートは、「ある論題をめぐって、相対する二組の間で、一定のルールの下に行う討議のゲーム」として知られている。
 まず、論題は現状の変革を提案するものを選ぶ。現状を肯定するものでは、議論にならない。今回は、「製造物責任をアメリカ並に厳しくすべきである」とした。ここでの工夫は、単に製造物責任の導入でなく、その内容にまで踏み込んだことである。製造物責任の導入自体は、欧米の動向をみれば「時代の流れ」と考えてもよい。したがって、本質的に重要なことは、内容の吟味まで含めて討議することであると思われる。
 学習としてのディベートの本旨は、論題を仮説として、その妥当性について実証的に調査・研究することである。そして、ディベートの教育的効果は、次のようなものである。
1 客観的分析力が身につく。
2 論理的思考力が身につく。
3 発表能力が身につく。
4 よりよい聞き手になる。
5 情報収集力が身につく。
 また、ディベートはあくまで「ゲーム」であるから、勝敗にこだわる性質のものではない。したがって、肯定側と否定側の立場の選択は本番の直前にジャンケンで決めるのが良い。自分自身の判断と反対の立場で議論することもあるのがゲームたるゆえんであろう。
 しかし、今回は、生徒がディベートに慣れていないことを考慮して準備段階から立場を決めておいた。分け方はクジである。生徒はそのクジの結果を受け入れて、肯定側あるいは否定側に立って調べていった。

 ディベートのルールは次の通り。
1) 論題は、重大な変革を内容とし、肯定側がその正しさを立証する。
2) 肯定側・否定側の立場は当日決定する。各チームは両方の考え方を理解しておく。
3) 肯定側先攻で、持ち時間は対等である。
4) ゲームの進行形式に従い、時間を厳守する。
5) 反駁以後に、新しい証拠資料を提出してはならない。

 生徒は、あらかじめ論理構成のモデルを示しておくと安心する。そのために「マニュアル」を作成して配布しておいた。
 「マニュアル」における肯定側立論の基本パターンは次の通り。
1) 主張  −−論題に肯定の立場を宣言する。
2) 定義  −−論題の内容を説明する。
3) 現状分析−−a.問題が深刻であり、解決しなければならないことを示す。
           b.その問題の原因は、現在の仕組みにあることを示す。
4) 結論  −−a.いつから、誰が、どのように実行するのかを説明する。
          b.問題を解決する最善の手段であることを説明する。
5) 利点  −−メリット(長所)が、デメリット(短所)を上回ることを示す。
 上において、3)−a、b、4)−a、b、5)を5つの主要争点という。
 これに対して、否定側立論は、その主要争点について反証する。
3)−a.問題は決して深刻でないことを示す。
   b.現在の仕組みでうまくいっていることを示す。
4)−a.解決策の実行は不可能であることを説明する。
   b.現在の仕組みの修正で問題は解決されることを説明する。
5)−デメリットがメリットを上回ることを示す。

 実際に、今回のディベートは次のような内容で展開された。
<肯定側立論のポイント>
・消費者には、製造者の過失責任立証は困難である。
・過失責任主義では、現代の消費者被害を救済することはできない。
・充分検討のうえ、国レベルの情報公開法と製造物責任法を立法する。
・無過失責任主義の導入こそが、消費者を救済する最善の方法である。
・被害が救済されやすくなり、補償される。企業は、被害防止に万全を期すようになる。
<否定側立論のポイント>
・日本では、問題とするほど製造物責任事故の発生はない。
・企業は、被害救済の対応に努力しており、現行の過失の推定で救済は可能である。
・アメリカ並みの厳格責任を追求するのは、非現実的であり、かつ、危険である。
・企業には、訴訟技術優先に走らすよりも、現実の対応努力を強化させるべきである。
・生産停滞、保険危機が起こる。さらに、非常識ないいがかり的訴訟が横行する。
 もっと慣れれば、生徒は論理構成の基本パターンを体得し、また、結論を先に出して論
を進める話し方も体得することで、日常での冷静なディスカッションに大いに役立つと思われる。

4.製造物責任に至るまでの経済学習

 ここでは、経済学習における消費者教育の一断面を示すために、製造物責任に至る学習の全体像を示す。総復習における各時間ごとの項目のみを、講義ノートから抜粋しながら要点を補足してみよう。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 <1時間目> 市場と消費者主権
  A.プライスメカニズムと消費者主権の原則
    −−完全競争市場での消費者主権
    1 適正価格の実現
    2 最適資源配分の実現
  B.近代市民社会の自由と責任の原則
    −−市民法の中核である民法の基本原理
    1 所有権の自由(人格の自由)
    2 契約の自由(過失責任の原則)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ここでのキーワードは「消費者主権」と「過失責任の原則」である。そうした学習のなかで、近代資本主義の自由と責任の具体化として契約の自由と過失責任主義とをつなげて理解する。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 <2時間目> 市場の失敗と消費者問題の発生
  A.市場の失敗
    −−完全競争モデルの非現実
    1 消費者主権の神話
    2 寡占的市場と非価格競争
    3 外部不経済の発生
  B.消費者問題の発生
    −−大量生産・大量販売システムでの利潤追求
    1 商品の欠陥、瑕疵による消費者問題
    2 企業の市場支配と消費者の不利益
  cf. 消費者の権利と企業の社会的責任
   その1 消費者の権利と責務
   その2 消費者運動と企業の社会的責任と消費者保護行政
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ここでの中心概念は「市場の失敗」である。市場メカニズムが非現実的になり、そこから消費者主権が崩れて消費者問題が発生してくるところを考察する。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 <3時間目> 市場の失敗と消費者問題の発生
  A.消費者問題の歴史
    −−製造物責任に関する事件
    1 森永ヒ素ミルク事件(1955)
    2 サリドマイド事件(1962)
    3 カネミ油症事件(1968)
    4 スモン病訴訟事件(1971)
  cf. 企業の市場支配に関する事件
   その1 カラーテレビ二重価格事件(1970)
   その2 鶴岡生協灯油事件(1974)
  B.新しい消費者問題
    −−企業の販売競争と契約の問題
    1 特殊販売
    2 消費者信用
    3 若者・老人の被害
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ここでは、4つの代表的な事件を扱った。生徒はほとんど知らなかった。これらとの対比で、簡単に出しておいたのが新しい消費者問題で、キャッチセールスなどの特殊販売やクレジットカードなどの消費者信用の問題である。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 <4時間目> 責任原則の変遷
  A.過失責任主義
    −−過失責任原則の意義と限界
    1 自由な経済活動の保障と過失発生への抑止機能
    2 予測しがたい危険・防止不可能な危険と過失立証の困難性
  cf. 現代の消費者問題の特徴
   その1 企業と消費者の力関係の不平等
   その2 大量・広範囲な波及
   その3 生命・健康への危険
  B.無過失責任主義
    −−製造物責任の意義と課題
    1 過失の立証から欠陥の立証へ
    2 企業による被害防止の徹底
    3 開発危険の抗弁と欠陥等の推定の扱い
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ここでは、近代資本主義の原則でもある過失責任原則について、その意義と限界、これを出したい。それから、その限界を踏まえて、企業の新しい社会的責任としての無過失責任の原則について考察する。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 <5時間目> 製造物責任について
  A.欧米の動向
    −−製造物責任普及の実際
    1 アメリカの厳格責任
    2 ヨーロッパの「EC指令」
  B.日本の現状と課題
    −−「製造物責任法」制定に関わる問題
    1 欠陥の定義と推定等の問題
    2 訴訟の在り方と情報公開制度の問題
    3 「日弁連の試案」等
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 最後に、ここでは2つのことを出している。1つは欧米の動向で、特にアメリカの厳格責任について説明しないといけない。2つめは日本の現状である。

 全体を通して、講義ノートの項目通りに検討を深められたわけではない。なかなか時間がないので、詳しい授業は展開できず、資料の配布のみで済ますこともあった。
 とにかく復習なので、各時間とも大まかに2つ程度のポイントを押さえていった。

5 消費者教育フォーラムでの発表をめぐって

 今回の授業実践については、幸運にも昨夏の「さいたま消費者教育フォーラム’91」で発表する機会に恵まれた。このフォーラムは、毎年、県民部消費生活課の尽力により開催されるもので、学校関係者のみならず、行政や企業の関係者、さらに一般市民も参加する。
 ここでは、これまでの記述不足を補うものとして、フォーラムでの質疑応答の一部分をテープ起こしから抜粋する。

<Q1>「立論等で時間不足で主張が展開しきれないことはないか。また、その場合はどうするのか」
<A1>「立論5分間で時間切れになる可能性があることをお話しましたが、実際に時間切れになるチームは不利になります。そこで、ディベートをやる場合に大事なことは、シナリオを作る上で、実は話し方を変えなければいけないということです。
 というのは、日本語は結論が一番最後にくるのです。ですから、そうした話し方をしていますと、途中で切られたときに何の意味もない論説になってしまいます。日本語がディベートに適していないと言われるのは、こうした言語構造に問題があるようなのです。したがって、私は結論を先に言いなさいと指導します。そして、その理由はこうだという論の進め方、日本語の話し方を身につけていった方がいいということを指導しています。このようにしていれば、たとえ時間切れになっても一応審査員は、最初の大事な部分はわかっています」

<Q2>「ディベートでも自分で判断して、自分で結論を出すところまでもっていくのが大事なのではないか」
<A2>「全くその通りです。ゲームとしての結果はどう出ても、生徒は各自で結論を出しているのです。だから、ゲームの結果が授業の結論ではないということと、自分がいろいろ調べて、その結果、自分自身で結論を出した内容とは違っていてもいいということです。
 それから、その結果、45人のクラスで全員が同じ結論を持つということは全く期待していませんから、各個人が自分で考え、自分で結論したものを私はただ尊重することでよいと思っています」

<Q3>「教師によって消費者問題に対する意識の差があるが、消費者問題に関する知識をどのように収集されていますか。行政、企業、団体等の関係はいかがですか」
<A3>「これは教員が意識を高め、資料を収集するのにどういう方法をとれるかということですが、私の場合には、国民生活センターに行くことが多いです。それから、消費者教育支援センターです。あと、これは個人的な話ですが、妻が消費生活アドバイザーなので、その関係で入ってくる情報が結構貴重です」

<Q4>「家庭と企業と行政、この3つの関わりで、企業と消費者の関連についてはわかったが行政との関連はどうか」
<A4>「私が社会科の「政治・経済」で人間を考える場合、人間は消費者であり、生産者であり、有権者です。3つの顔をもっていると思っています。
 行政との関わりでみる場合は、まず消費者としてというより有権者というところがあって、政治の部分での監視の重要性というのが有権者としての自覚であるわけです。消費者としての行政との関わりは、そうした視点も欠かせません。私の授業のなかでも、消費生活のシステムだけではなくて、どちらかと言えば、より広いところで行政の在り方を見つめていきたいと思っています。それから、物価問題を考えるにしても、行政が果たして消費者の味方かどうかということについては、単純に消費者保護行政だけを教えて、行政は消費者の味方だという授業では、とうてい足りないと思います。
 実際、例えば、京都のタクシー会社が行政に値下げを申請したところ、行政の方がびっくり仰天して、値下げなんてとんでもない、価格構成が攪乱するからそんな申請は却下だというかたちで価格の値下げを認めないこともあるわけです。そんなに簡単に、消費者保護行政、行政は消費者の味方だという知識を生徒に植えつけるだけでは、これはいけないと思います。ちょっと問題が難しいので、ここで簡単にはお答えすることはできませんが、いろいろな観点から、消費者と行政との関連はやっていかなければいけないと思います」

<Q5>「卒業後、豊かな社会に負ける場合が多いが、消費者教育の成果についてのデータがあれば知りたい」
<A5>「消費者教育の成果についてのデータはもっていませんが、消費者教育を一緒に勉強した生徒たちは、少なくとも、何もやらない生徒たちよりも何かをつかんで、しかも自分の主体的なつかみ方をしていってくれるのではないかと期待しています。
 私は、今回の授業では、例えば借金地獄に陥ってしまうような人々の事例は扱っていません。そうしたテーマは「公民」や「現代社会」に譲っているという立場で授業しました。実際には、豊かな社会のなかで、消費者としてどのように生きていくかということを、われわれがどれだけ教えられるかが非常に重要で、消費者教育の本質のなかに私は「消費の疎外」ということを考えたいわけです。つまり、「消費者が踊らされている」という表現もありますが、社会が豊かになって、我々が本当に欲しい物が何であるのか、そういうものがつかめなくなっています。そういう自分の生き方がつかみにくい構造的な状況があるだろうということです。
 そういったことを勉強すると同時に、経済学では、消費者は合理的な消費行動をするとものと考えられているのですが、実際には、消費者の消費行動というものは決して合理的なものとは限らないわけです。ただでさえそうであるのに、さらにまた消費者として踊らされている面もあるので、そこを生徒と一緒にきちんと押さえていきたいというのが、実は私が消費者教育をやろうとするときの基本的な問題意識です。              基本だから、こういう「負ける」ということは、結局自分自身が消費の疎外に陥って、自分自身を見失っているととらえた場合には、これはやはり消費者教育がきちんとなされていないためだと考えています」

6.おわりに

 最後に、今回の授業の評価に関連して、生徒の感想を転記しておきたい。授業内容と授業方法に関してのものである。

(内容に関して)
「小・中・高校と社会の勉強をしてきたけれど、消費者という視点から社会をみる授業は初めてだった。自分が消費者の一員であり、また、その消費者の立場が弱いことを知ることができた。今まで知らなかったことがたくさんあることに気づき、また、知らないでいることは恐ろしいことだと思った」
「身近なことだったので、すごく勉強になった。製造物責任を勉強してみたうえで、立法化すべきだと思った」
「消費者と企業との関係がなんとなくわかったが、これからの生活に役立つように、実際の制度(クーリングオフなど)や、被害にあった時どのように立証していくかなどを、もう少し、詳しく教えてもらいたかった」

(方法に関して)
「レポートなど、何かと自分で調べることが多いので良かった。勉強というのは、本来自主的にやるものだし、自分から調べた事柄の方が今後役に立つと思うから、良い授業形態だと思う」
「資料集めや内容理解など、事前準備がとても大変でした。でもそれなりに、製造物責任について理解も深まり、実際ディベートをして楽しかったのでよかったです」
「日本人は、自分の意見を言うのが下手だから、こういう機会は、もっと増やしていくべきだと思う。機会が与えられないと、なかなか意見が言えないから。国際化する日本のためにも役に立つ」

 内容に関する課題については、次の3点を考えている。
(1)「現代社会」等や、家庭科との連携。
(2)経済学習全体を通しての認識形成。
(3)製造物責任に関する授業実践の積み重ね。
 方法に関しては、概して、生徒はディベートを好意的に受けとめている。ディベートを取り入れた授業の一層の普及に努めたい。

 さて、今回扱えなかった分野としては、物価問題を掘り下げる学習がある。また、環境問題との関連学習がある。さらに、国際的な視野も重要である。このことは、単に欧米との国際関係のみを意味しない。たとえば、日本企業と途上国、特にアジア諸国との関係において、我々日本の消費者がどうかかわるかなど、開発教育への発展学習を重視したい。
 今後も、消費者教育〜環境教育〜開発教育を主軸にして、経済教育に貢献できたらと念じている。いつか稿を改めてご批判を仰ぎたい。

*以上は、『消費者教育 第11冊』(日本消費者教育学会編・光生館・1992)に掲載の論文「ディベートで考える製造物責任」を基に、加筆修正したものである。


参考文献
1.『アメリカにおける消費者教育』 (神奈川県, 1975)
2.『高等学校における消費者教育の意義』 (『商業教育資料』 235号, 西村隆男, 1978)
3.『ディベートの方法』 (H.E.ガリー, P.R.ビドル, 松本道弘訳, 産能大出版部, 1978)
4.『経済学は死んだか』 (現代経済学研究会, エール出版社, 1979)
5.『製造物責任と賠償責任』 (経済企画庁, 大蔵省出版局, 1980)
6.『消費者教育 第1冊 現状と課題』 (日本消費者教育学会編, 光生館, 1983)
7.『学校における消費者教育の新しい視点』 (経済企画庁, 大蔵省出版局, 1987)
8.『新しい消費者教育の推進をめざして』 (経済企画庁, 大蔵省出版局, 1988)
9.『経済を学ぶ・経済を教える』 (岩田年浩, 山根栄次, ミネルヴァ書房, 1988)
0.『知っておきたい消費者行政』 (消費者問題研究会, 大蔵省出版局, 1988)
1.『消費者教育キーワード 269』 (消費者教育を考える教員交流会, たいせい, 1989)
2.『消費者教育の創造』 (宮坂広作, ウイ書房, 1989)
3.『製造物責任の新しい視点』 (経済企画庁, 大蔵省出版局, 1989)
4.『製造物責任対策』 (安田総合研究所, 有斐閣, 1990)
5.『やさしいディベート入門』 (松本道弘, 中経出版, 1990)
その他
・『消費生活年報』(国セン)
・『消費者テキスト』(一橋)
・『よりよい消費生活を求めて』(実教)
・「製造物責任のあり方を考える」(日弁連)
・「日本語ディベート大会開催要綱」(未来塾)

[ 戻 る ] [ トップページへ]