一 杯 の コ ー ヒ ー か ら



『 社会科研究集録 第36号 』 (埼玉県高等学校社会科教育研究会、2000) より

                             開発教育協会 小貫 仁
                             地域と地球をつなぐ学びの広場主宰
                             http://www.ne.jp/asahi/onuki/hiroba/


1  はじめに

 今回の研究発表は、開発教育協議会制作の教材『いい貿易って何だろう〜一杯のコーヒーから考える世界の貿易〜』に、私が編集委員として関わった関係で、制作過程での教材研究結果を発表すると共に、この教材の一部である「アロマ村のコーヒー農園」(シミュレーション)を参加者全員で共有した。
 教材体験の場面では、代表で出てもらった3人のシミュレーション結果を参考にしながら、実際の授業さながらに進めたが、教材の楽しさと深さを味わってもらえたという手応えを感じた。

2 なぜ、コーヒーを通して貿易を考えようとしたか

 世界の貿易に関して、教科書には一応の説明があるが、その記述はあくまで概説的なものにとどまっているために、詳しく知ろうとすればするほど、具体的なものが何も見えなくなってしまう。私たちは、貿易の実態について意外に理解しきれていないのではないだろうか。
 そこで、私たちが求めたのは、もっと現実的で具体的な内容だった。特に、今日の世界は国境の枠を超えたグローバル経済が進行している。先進国の多国籍企業は安い資源と労働力を求めて現地生産に転換している。そして、貿易もまた、多国籍企業によって国と国の交易とは限らなくなっている。コーヒーの場合は、米国のカーギル社、ゴールドマンサックス社などが有名で、日本の総合商社もここに位置する。今日の貿易の実態を理解するには、こうした多国籍貿易業者と生産者との直接的な取引関係も視野に入れなければ現実から離れるだろう。コーヒーの取引では、このあたりの事情が特に顕著に現れている。
 コーヒーは、私たちの生活に実に身近な存在で、生徒にとっても親近感がもてる対象である。しかも、その生産は、生産量の60%を占める中南米をはじめとして、いわゆる「南の国々」で生産されている。こうしたことから、コーヒーは、世界の南北の構造的現実を把握するための格好の教材対象である。

3 コーヒー取引の実態

 コーヒーは、収穫されてからどのようにして私たちの手元にやってくるのだろうか? コーヒーの流通径路は世界各地で少しずつ異なっているが、基本的構造は同じである。つまり、まず、各国には政府管轄の流通機関が存在している。この流通管理機関の下に、コーヒー流通を担う共同組合が組織されている。そして、民間には、ブローカー(仲買人)と輸出業者が存在する。輸出業者は、国によって、政府の流通機関の下にあることもあれば、独立して貿易を担う場合もある。そして、今日、大きな力を発揮し始めているのが、多国籍の貿易業者である。コーヒー生産者は、これらのいずれかと取引することでコーヒーを売り裁かなくてはならない。貿易の学習は、生産者との関係で理解することではじめて生きた知識となるのである。
 さて、コーヒー生産農家は、コーヒー豆の需給の変化、特に世界の3分の1を生産するブラジルの動向に大きく影響を受ける。生産者は、以前の自給的な生活よりは高めの収入を期待できるものの、商品経済に組み込まれたその生活は以前より安定しない。すなわち、収穫に恵まれたとしても、供給過剰で価格は下落する。逆に、収穫が減れば価格は上昇するが、売る量が減少する上に、弱い立場の生産者は価格上昇をそのまま自分の利益とできない。
 また、取引相手がどのような価格で、どのように全生産量を売り裁けるかも取引上の切実な問題である。まとめると、生産者にとっては次のような保証が重要であるが、現実はこれらの取引条件は満たされていないのが実態である。
 @価格:供給過剰で価格が下落したときに最低価格が保証されること。
 A支払時期:全額でなくとも半額以上の前払いが保証されること。
 B契約期間:単年契約でなく長期契約が保証されること。
 Cその他:生産した全量が売り裁けること、融資が受けられること、など。

4 いい貿易って何だろう

 自由貿易体制において、製造業者と第一次生産者とは交渉力に大きな違いがある。特に、農産物の場合、天候等に左右されやすく、機械設備がないため生産性も低い。付加価値をつけるための資本も不足している。保存がきかないため売り控えできず、モノカルチュア的な生産は市場の動向(価格の変動)に振り回される。また、膨大な数の零細経営で成り立つコーヒー取引では、商品協定に合意することも難しい。こうして、。北が支配しやすい自由貿易が進むなかで、一次産品の相対的価格は下落し続ける。授業では、どうしたら、コーヒー農家の生活が安定するかを考えたい。
 この教材では、ヨーロッパの公正貿易の動きも紹介している。今日では、コーヒー生産国に「もう一つの協同組合」を創る動きがある。既存の政府系協同組合が、必ずしも生産者の側に立っていないからである

(図)生産国の流通径路  −略−

 生産者の流通径路は、現在は、図の A、B、C のいずれかである。新しい径路が D であるが、この組織はまだ力が弱いために苦戦している。こうした組織が自立したものであるためには、輸出ルートが必要であり、ヨーロッパの公正貿易(フェアトレード)運動はここに関わろうとするものである。けれども、現在の年間5000万ドル規模の取引は、まだまだ、相対的に小規模である。

[ 参考資料 ]
『いい貿易って何だろう〜一杯のコーヒーから考える世界の貿易〜』
(開発教育協議会、1999)
この教材は一般に入手は困難である。会員ではないが、授業で使いたい方は、協議会に直接連絡すれば、実物の解説付き教材を入手できる。
(連絡先Tel:03-3207-8085)


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