図書紹介:「地域から描く これからの開発教育」


『開発教育』 (開発教育協会、明石書店、2008)
図書紹介: 『地域から描く これからの開発教育』(新評論) より


                                拓殖大学国際開発教育センター
                                 小貫 仁

 本書は日本における開発教育のひとつの到達点を示すものと思う。
内容は、2003年から開発教育協会内に発足した<「地域・文化・学び」研究会>の足かけ5年の成果をまとめたものである。
この由来からも、地域における開発問題と関連した開発教育、政治や経済ばかりでなく文化も含めた地域づくりと関連した開発教育、生活の課題を解決する学びと関連した開発教育・・・そういった想いが本書の根底に流れている。

 これまでも、地球的な視野の学びとしての開発教育で、足元の地域と世界をつなぐアプローチは実践上の重要な課題とされてきた。
たとえば、2000年4月に、私は「開発教育ニュースレターNo.84」の理事オピニオン欄に次のように寄稿している。

「開発教育の学習では、世界の開発問題を直接提起するアプローチと身近な事柄からのアプローチとがとられてきました。前者の困難は先に触れた通り(注:提起する開発問題が学習者との関係性を実感しにくいことや参加型手法をこなしきれないことなどが往々にして壁になってきたこと)であり、後者はなかなか問題の本質に辿り着けないまま終わってしまいがちでした。
そうした経験の上にたって、私は足元の開発問題をみすえる方向を重視したいと思います。開発教育で「日本の開発問題」がなおざりにされてきたのはなぜなのでしょう? 地域の開発問題には世界の開発問題と同様の構造的問題性が含まれているのであり、何よりも、学習者は現場を通して強烈な問題意識に達し得るでしょう。」

 あれから8年、当時の私の発想はきわめて素朴なものであったし、地域と世界とのつながりで主に議論されていたのは、世界の開発問題に対して地域で私たちに何ができるかを問うものであった。
本書はこうした視点に対する具体的な解答である。同時に、こうした視点がどのように深められているかを考えながら読むと、まさに真髄に触れることになり、ゆたかな読み応えを感じるだろう。今日では、グローバリゼーションがますます進展する一方で、先進国・途上国を問わず二極分化の格差が問題とされている。人間の生活の軸が脅かされているゆえに、地域・コミュニティの再生が求められているように思う。
本書は、こうした今日の現実と向き合い、当事者性やリアリティの欠如が懸念されている開発教育の限界性を超えることを志向している。グローバリゼーションの時代を反映した新しい開発教育の提案と言えるだろう。

 本書の構成は序論1で地域論(これからの開発教育と地域)、序論2でESD論(これからの開発教育と「持続可能な開発のための教育」)を展開したのちに、次の7つのテーマで章立てされている。

(1)多文化共生
(2)「農」を中心とした学びの共同体づくり
(3)環境と開発
(4)地域からの経済再生
(5)市民意識の形成と市民参加
(6)子ども・女性の参加
(7)ネットワークづくり

 各章は、切り口としてのテーマを解説する総論と日本全国の事例で構成されている。
いずれの掘り下げも、課題とその課題を担う住民の共同性の場としての地域に生きる当事者が、当地の歴史に学び、現状を認識し、世界との関連で地域の課題をどう解決し、グローバルな時代にどう自立していけるかを模索している。読み進めて感じるのは、「ローカルウイズダム」というか、地域のもつ「ゆたかさ」の再認識だ。そうした肯定的な掘り下げを伴って、自分たちの地域の課題に主体的に取り組むことで、共に生きること
のできる開発本来のあり方を問うているのである。そこには、地域の活力を呼び覚まし、世界とのつながり方を変えていく可能性を感じる。

 さて、地域から描く開発教育の理論と事例は示された。次に求められるのは、地域をどう掘り下げ、世界とつなぐかを描くカリキュラムであろう。この地域発の開発教育は、地域住民の主体的な参加を促す点では市民教育に、トータルに持続可能な地域づくりを問う点ではESD(持続可能な開発のための教育)に通じている。開発教育にとって大切な視点や開発問題の捉え方を明確にし、開発のあり方への問題意識・地球的視野の認識・課題解決に参加する志といった生きる力を獲得してエンパワーできる学びを展望すること、そのうえで、各地とつながり、世界のあり方を問うていくこと・・・全国のさまざまな事例に学びながら、そうした総合的なカリキュラムの創造が求められるのではないだろうか。


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