タ イ 出 張 記 〜 東北タイ(イサーン)で考えたこと



出典:『海外開発現場研修2007』(国際開発教育センター、2007) より

                              拓殖大学国際開発教育センター
                                   小貫  仁

  この夏(注:2007年8月20〜29日)、センター事業の一環でタイに出張しました。
 文部科学省の「国際協力イニシアティブ」の拠点活動としての調査です。
 教育省で担当者と面談し、資料を収集することが主な目的でしたが、幾つかの小学校
 を訪れ、授業を参観し、インタビューする時間も持てました。また、学校と連携する
 NGOを訪問し、その教育実践の実態を知ることも調査範囲でした。ちょうど、昨年
 のクーデター以来、政治状況が揺れ動いているタイですが、教育状況はどうなのかを
 この目で確かめることが課題でした。
 また、訪れた教育現場は、バンコクでなく東北タイ(イサーン)です。私は、そこで 
 タイの農村の現実と課題に改めて強い関心を持ったのでした。


1 文科省「国際協力イニシアティブ」について

 文部科学省は、国際社会が進めている「万人のための教育(Education for All)」の「ダカール行動枠組み」(セネガル、2000)における6つの目標達成のための取り組みに貢献すべく、協力強化を目的とした「拠点システム」を構築しています。これが「国際協力イニシアティブ」です。
 <注> 6つの目標とは、
     @就学前を含む教育の拡大
     A無償教育の保障
     B青年・成人の学習の充足
     C成人識字率(特に女性)50%改善
     D初等・中等教育における男女の格差解消
     E読み書き、計算および基本的な生活技能習得のための教育の質的改善

 具体的には、例えば、教育協力モデルの作成、青年海外協力隊派遣教員への派遣前研修の充実などですが、拓殖大学(本センター)はその基礎教育部門の拠点を引き受けています。
 センターでは、この拠点活動を従来からのファシリ講座と並ぶ重要な柱と位置づけていますが、ファシリテーションを活かしたモデルカリキュラム構築の前提として、途上国の教育事情の視察を行う計画でした。
 今回の調査は、まさにその視察に当たります。

2 タイの教育事情と農村事情

 タイ王国の政治経済の概観ですが、昨年のクーデターで政治状況が揺れ動いています。
 ちょうど訪問の直前(8月19日)に新憲法草案の国民投票が実施されたばかり。旧タクシン政権の改革路線への批判があり、いわば97年以前への“揺り戻し”が起こっているとも言えます。その経済規模は、大まかな把握ではGDP20兆円(1人当たり30万円)。日本500兆円(400万円)同様、円に直すと覚えやすく比較もしやすい数字です。
 タイの教育事情に関しては、昨年度の事前研究で次のように整理しました。
1)タイ社会は確実にすべての子どもたちの中学校進学が進んでいる
2)教育行政の教育省への一元化により、教育の量的普及と質的改善が進展している
3)中学校までの義務教育徹底のために、小学校に中学校を併設するなどの工夫をしているが、教科内容や教育手法は不徹底な実態がある
4)そのため、教育省は教員の量的確保と教育の質的向上にも力を入れている
5)農山村での教育のために「区役所(オー・ポー・トー)」を設けて予算を計上しているが、充分に機能していない実態があり、地域のNGOが質の向上の面で寄与している。

 上記の内容は、「国家教育法」(1999)に基づく教育改革とその実態ですが、今回の訪問では、それら各項目を再確認できました。そして、識字率9割を超えたタイでは、新たに教員養成課程が5年制に移行しつつあるようです。このことは教育の質的向上への意欲の現れです。ただ、2004年度新入生からの適用ということで、その実施の検証は今後の課題です。
 また、タイの教育改革では、グローバル化への対応が意識されています。日本の教育界で話題になっている「市民教育」のタイ版かもしれません。印象的なのは、学校教員への聴き取りでも聞くことができた「足るを知る」という言葉です。これは95%が敬虔な仏教徒であるタイ独自のオルタナティブな開発倫理になり得るかもしれません。この思想は支配者が使えば危険な面もありますが、私利私欲が優先する現世へのアンチテーゼとしては意味ある思想であるように思えます。

 授業参観では、何と参加型の授業(タイ語)を視察する機会に恵まれました。
 4年生の子どもたちがグループ学習に積極的に取り組んでいました。最初の「つかみ」の部分から参観できなかったのは残念ですが、一方的な教え込み教育しかないのが現実だろうという先入観は覆されました。
 ただ、どうやら例外的な授業だったようで、その学校と連携している教育NGOであるACEC(アジア子ども教育センター)の影響があったようでした。
 タイの実態からやむを得ずとはいえ、学校に教育NGOが入ることができる教育のあり方は弾力性のあるカリキュラムのお陰でもあります。このことは「学校と地域の連携」が課題となっている日本よりも結果として先行しているように見えます。地域の教育力が教育の質的向上に貢献していることを視察できたことになります。私はワークショップ型授業における知識と活動のバランス、そこでのファシリテーションの可能性を考えながら見ていました。

 さて、私が教育現場を視察したのは東北タイ(イサーン)です。
 タイで最も貧しい農村とされている地域です。本来、農業に強みをもつタイですが、イサーンは海が隆起した台地で、岩塩層が表層近い地域では塩害の影響を少なからず受けます。今回、私はイサーンの東西南北を駆け回ったことになるのですが、基本的にはどこも出稼ぎが常態。農業の自由化、換金作物への変化、こうしたことが際限のない競争にかりたてられ、借金まみれになり、貨幣経済で価値観も変わりつつあります。出稼ぎを余儀なくされる現実です。ACECの奨学生への聴き取りで「あなたにとって“幸せ”ってどんなこと」と聞いてみました。「家族が一緒に生活できること」というのが答えでした。ここに、出稼ぎを悲しむ子どもの心情と共に、「家族」が助け合う価値観を垣間見ることができたように思います。イサーンの現実は生活あるいは消費に手一杯で貯蓄がありません。したがって、技術改良などの投資に結びつかず、所得の向上がないという悪循環そのものです。
 けれども、私にとって印象深いのは、農民たちによる「農村開発センター」を視察したことでした。そこでは、有機農法の普及に活路を見いだそうとしていると聞きました。無農薬でコストを削減するとのこと。農村の再生に向けた下からの力強い息吹が感じられました。これを支える市場が必要と思いますが、私は、地域内で地産地消できる新しいかたちの需給システム、さらに“地域循環型”の開発のあり方をイメージしています。
 タイの現実は昔の日本そのものですが、近代化を乗り越える新しい開発が住民主体の参加型で実現できたら凄いことだ・・・そんなことを感じたのでした。

3 タイを見る私の視点

 タイの教育事情および農村事情はさまざまな困難を抱えており、人々は悩み苦しみながら活路を見いだそうとしています。
 教育では、理念的には、日本も学ぶべきものがあるという印象も受けました。
 ただ、その実態は決して理想通りに行っていないのも確かです。そのことは農村開発でも同様です。例えば社会保障。タイでは30バーツ(約100円)の支払いで簡単な医療は無料で保障されます。ただし、貧しいと社会保険料が負担であり、政府はその財源に苦しんでいます。

 さて、私の見る目は、タイの現実を見るとき、常に二重の当事者性を意識していました。
 ひとつは「つながり」です。タイの現実は日本とつながっていて決して人ごとではないということです。人・モノ・カネのつながりを考えれば当然でしょう。出稼ぎと外国人労働者の問題が代表的です。
 もうひとつは「共通性」です。タイの抱えている問題は日本の問題でもあるということです。近代化で失われたもの、貨幣経済に翻弄される生活と価値観、農業危機と農村の崩壊をどうするか等々・・・すべて人ごとでなく自分自身の課題として共有したのでした。
 これが私の抱き続けた二重の当事者性(リアリティ)です。「違い」の感覚はもちろんですが、「共通性」を感じることも多かったのです。

 タイにいる間、私は、日本が進んだ国でタイが遅れた国であるという意識よりも、教育や農業に関して共通に悩み苦しんでいることを強く感じ、どのような改革が必要なのかを模索するパートナーと感じていました。私個人にとっての国際協力とは、互いに切磋琢磨する者同士の連帯感が基本と思います。
 もっと考えると、私にとって最もリアリティある援助とは、先進国が途上国を助けるという類のものではなく、互いに学びあいながら助け合うというものです。余りにも近代化が進みすぎた日本は行き過ぎている部分も多く、日本のように農業を切り捨てて工業化を進めることがすべてではありません。むしろ、新しく発展の道を探ることを共に模索すること、それを前提に支援することが大切なように思えます。これが人間のあるべき姿を求め続ける開発教育の基本だと改めて思います。
  「近代」という時代の限界性を超えるための想いを、異国でインタビューした人々と共に考えた。そんな意義を感じる旅路だった・・・そんな風に私は振り返っています。

          [ 戻 る ]          [ トップページへ ]