オケラのくりごと  店

 オケラは学校で経営学を習ったことになっている。 経営大学でも、経営学部でも、経営学科でもなく、高が経営課程だからその内容は知れたものだが、それでも経営者の使命が儲けることであり、法的規制の範囲内ならばあらゆる手段が許される、ぐらいの見当はつくようになった。 だからうどん屋になったとき、このうどん屋が手段として3玉まで同一価格で提供するサービスを採用している意義を理解するのは早かった。 実際にうどんを作り始めて数ヵ月は、生地や茹で方や出しや具や人や勘定や掃除や何や斯やと覚えることが多く、周りを見るゆとりは無かった。 それから更に数ヵ月、自分が作ったうどんに自信と愛着を覚え始めた頃、ふとゴミの中にあまりの量のうどんが捨てられているのに気がついた。 改めて注意してみると、お客様は値段が同じならばと食べきれる量をはるかに超えて注文していることがわかった。 然し、これらのお客様も最初から食べられないのを承知で大量に注文しているのではない様で、食べられない場合残すのは悪いと思うらしく、多くのお客様は何とかしようと水を飲み始め、結局うどん屋に来て苦しみながら水を飲んで帰る。 また中には最も具の多いうどんのトリプルを注文し、折角の具を全部残して麺だけ食べて帰る方もおられる。 そこで見るに見兼ねたオケラは、お客様と店と双方の利益のために、次の如き文章を営業案内に書き込むとともに、実行し始めた。『初めてでどれぐらいの量があるか判らない、或いはお腹一杯食べたいが、どれぐらい食べられるか判らない、といったような時は、最初にその旨をお知らせ下さい。 弊店ではお客様が食べられそうな量の麺をまず確保した上で、最初にその一部を提供し、足りなければ麺を追加するというサービスを実施しております。 お気軽にお申し付け下さい。 尚、麺の量は変わっても具の量は同じです。 例えば、卵とじの卵はシングルでもトリプルでも同じ一個ですし、だしの量もそれほど変わりません。 ジャワのルゥも同量です。 ですから、麺の量が少ない方が味が濃いわけで、うどん全体としては美味しいと言えます。 食べきれる丁度良い量で、味・量ともに美味しくお召し上がり下さい。』 具体的には、トリプルのお客様全員と、オケラが見て多いのではないかと思われるお客様に、その量を前に食べたことがあるかどうかを伺い、もし以前に食べたことがあればそのまま注文の量に応じるが、初めての場合はその手前の量で作り、足りなければ追加する。 当初双方に感情的なこだわりがあり、正直なところお客様との軽いトラブルが何度かあった。 営業案内など読まないお客様にすると、オケラが権利を侵害し、不当にケチっているように思われるらしい。 然し今や経営者というよりはうどん屋の職人となってしまったオケラは、自分が作ったうどんを、可哀相に食べられることもなく、宣伝文句の犠牲となって無駄に捨てられて行くことから救うため、敢えてこの作戦を継続した。 それから四年半、今ではこの習慣がお客様にも定着し、トリプルを注文してオケラが何も聞かないと不安な顔をするまでになった。 そして殆どのお客様がうどんを残さなくなった結果、ゴミの量が激減し、営業時間短縮の結果でもあるのだが、とにかくゴミ回収費が半額になってしまった。 目には見えないが利益率も向上している筈である。 但し、何人かのお客様を失ったことだろうし、来店頻度が下がったお客様もおられることだろうから、経営者として正しいことをしているのかどうかは、疑問である。 さて皆さん、どう思う?
 オケラの店では四月八日に成人式がある。 今年も何十人かの新一年生が大人の仲間入りをし、保護者とは別のメニューを注文することになった。 これで暫くはお見えにならないお客様も、何組か出来ることだろう。 ダブルやトリプルを一人で召し上がろうと二人で召し上がろうと、またそれが一年生だろうと、その場での店の収入は同じなのだが、さて皆さん、どう思う?
 最近では殆どなくなったが、11時45分頃、勤め人で混み合う直前に女性二人が幼児四人を連れてご来店、店の三分の一に当たるテーブル二つに座り卵とじのトリプル二つを注文、お椀だフォークだ雑巾だと大騒ぎの末、1時過ぎにお帰りになる。 又、やはり11時45分頃、高校生七〜八人が我も我もとトリプルを注文、いつも見えるお客様の席と麺がなくなる。 さて皆さん、どう思う?
 混雑時、一人で四人掛けのテーブルに座るお客様、カウンターへ誘導すると怒って帰ってしまう。 別の方は相席も待つことも嫌って帰ってしまう。 本部はお客様を大事にして満席率を高めろという。 さて皆さん、どう思う?
 食料難や資源不足に関係なくトリプルに挑戦するお客様。 曾て‘これはもうスポーツだァ’と言うコピーを採用した総本部。‘俺たちはチャレンジャー、栄光のゴール目指してェ’という歌が有線から高らかに流れ、店員が皆障害物競争してる、すべて運動会のようなうどん屋。‘食べ物に挑戦するなんて‥‥’とブツブツ言ってる戦後育ちで貧乏性で腰曲りの職人。 さて皆さん、どう思う?
 オケラの店ではサワーラディッシュを食べ放題にし、小皿とともにテーブルに出しておく。 小皿いっぱいに盛って食べずに帰る方。 小皿を子供のオモチャにし、舐めたのを元に戻して帰る親御様。 さて皆さん、どう思う?
 自分だけ忙しがって、査察官気取りでこちらの都合を無視し、突然現れる勝手なSV。 結局長続きしないパートとアルバイト。 こんな環境で、俯いてジーッとうどん屋をやっているオケラとメケラ。 ホントニ、どう思う?

−−−−−−−−−−1992.06記


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