精霊の守り人
この一カ月ほどの時間をかけて上橋菜穂子さんの「精霊の守り人」からなるシリーズ第十巻を読み終えました。
これは単に児童書とひとくくりにしていいものではない、というのが第一の感想でした。
それほどに質が良く、物語としてしっかりと読み手に読ませる力強さを備えているものでした。
用心棒を稼業とする短槍使いのバルサが幼い皇子チャグムを助けたところから物語は始まります。
異国の香りが随所に表われ、つい、海外の作者によるファンタジーかと思うほどですが、
これが日本人の手によるものと確かに思えるのは言葉のしなやかさ、やわらかさでしょう。
これを逆に海外で翻訳されるとなったら、この日本語のあたたかみはどこまで残るだろう、
そんな気持ちにさえ、させられました。
「ゲド戦記」と同じようにこの物語は飾った感がありません。かといって静かすぎるということもない。
バルサの戦闘シーンは息をのむほどの迫力であるし、その一流のバルサでさえ時には傷を負うこともある。
それが生命を生きると言う自然の流れにのっとって、とても素直に丁寧に描かれています。
そしてかつてはバルサに守られる側だった少年が自国を守りたいと思う青年になるチャグムとその
チャグムをとりまく人間関係、信頼関係もまた。
この物語には呪術師という形での魔法使いは出てきますがバルサもチャグム(彼は多少教わったようですが)も
普段はそれを使う側ではない人間です。それが読み手により身近に感じさせているのかもしれません。
よくファンタジーというと魔法を操ったり何かを従えたりする小説をイメージすると思います。
が、この二人のゆく様をたどっていると、時に不安定になる感情という不思議な力をしっかりと受けとめて、
自分自身でコントロールする術を身につけ、学び、成長していくところはそれらの小説と変わらないのではないかと
私には思えました。
つまり、その学んで得た経験が時には魔法を扱うのと同じくらいの力になるということを気づかせてくれた、
という意味で…。今回のこの心あたたまる素晴らしい物語によって。
<2007.06.15 vol.87>