(前ページより)
 当時彼女が祖母と二人で住んでいた家は、祖父の死によって叔父が相続していました。祖母に万が一のことがあると、彼女は住む家を失い、出ていかなければなりませんでした。家もなく、父も母もなく、定職もない三十代の独身女性の不安に、この頃のモンゴメリはさらされていたのです。近年カナダでは、非公開だったモンゴメリ後半生の日記が発刊され、北米のモンゴメリ研究はまったく新しい深まりと広がりを見せて進展しています。当時の心境については今後の研究成果を待ちたいと思います。
 一年間かけて本書を訳した訳者としては、モンゴメリが「何といっても『アンの青春』の執筆は楽しかった」と書いているのが、せめてもの救いです。彼女の日常生活は面倒な雑事や心配事、将来への不安があったとしても、晴れやかで清らかな光の子であるアンの世界に没頭している限り、書き手は幸福を感じていたはずです。
 モンゴメリは、自分には叶わなかった夢をアンに託して書いたのです。
 たとえば短大を出たモンゴメリが就職するとき、祖父は、女が働くことと女性教師に偏見をもち就職活動に協力的でなかったために、近くで教職につけず、家から遠い僻地に勤務し、下宿先で孤独な日々をすごしました。これに対してアンは住みなれたアヴォンリー村で教師になり、家族のいるグリーン・ゲイブルズから通います。またモンゴメリは住んでいた家をいずれ叔父に明け渡す運命でしたが、アンはグリーン・ゲイブルズを手放すことはなく、彼女を暖かく迎えるわが家として存在し続けます。さらにモンゴメリは充分な学費を出してくれる親も親族もないために大学を半年で去りましたが、アンは四年制大学に夢いっぱいで進み、後にはミス・バリーから遺産を贈られて卒業します。
 アンの世界は、モンゴメリが理想とする夢の世界であり、それを書くことは救いであり、慰め、喜びであったのです。
──『アンの青春』(モンゴメリ著、松本侑子訳、集英社)の「あとがき」より。無断転載厳禁
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