第3回●モンゴメリの教師時代(松本侑子)
モンゴメリは一八七四年十一月三十日、島の北岸近くのニューロンドンに生を受けました。
母は一人娘のモンゴメリをのこして二十代で早世しました。
そして父は、娘をキャベンディッシュにある妻の実家にあずけたため、モンゴメリは母方マクニール家の祖父母に育てられました。ちなみにモンゴメリが育ったキャベンディッシュは、アンシリーズの舞台アヴォンリー村のモデルです。
父はやがて島を離れカナダ本土の西部にわたり、再婚して新たな所帯を持ちます。
そこで十五歳になったモンゴメリは父と暮らすために、一八九○年、大陸横断鉄道に乗ってカナダを東から西へ横断し、サスカチュワン州へはるばる数千キロの道のりを引っ越しています。モンゴメリは、生まれて初めて親のもとで暮らせる期待に胸ふくらませていましたが、姉のように年若い継母との折りあいが悪く、同居はわずか一年しか続きませんでした。
再び大陸鉄道と船を乗りついで島の祖父母のもとへ帰ったモンゴメリは、村の学校を卒業します。四年制大学へ進み、英文学を専攻するが夢でしたが、年老いた祖父母に四年間の学費をまかなう経済力はなく、島の州都シャーロットタウンにある師範短期大学プリンス・オブ・ウェールズ・カレッジに入学しました。二年後の一九八五年に教員資格をとって卒業し、本書のアンと同じように新米教師になるのです。
モンゴメリの教師生活は約二年半でしたが、その間、三つの村で教えています。
最初に教えたのは、一八九五年の夏から一年間、島の北西部の村ビデフォードでした。
二○○一年九月にこの村へ行ってみると、モルペーク湾に面した半農半漁の静かなところでした。
アンの教師生活初日の様子、学校を去る日の感慨については、ビデフォード時代の日記と一致する文章が散見されます。その意味で、ここは本書の第二の舞台と言えるでしょう。(つづく)
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