(前ページより)
一見すると、本書は、のどかな物語に読めるかもしれません。しかしそこには心に傷を抱えた無力な子どもたちが登場しているのです。大人に省みられず誰にも愛されなかった孤児のアンは、彼らが小さな胸に宿す悲しみを自分のことのように感じ、深い愛情を注ぎます。しかしそうした子どもたちの悲しみは、かつてモンゴメリ自身の心にも漂っていたのです。
子どもだけではありません。大人たちもそれぞれが胸に秘めた傷(いた)みを抱えています。
隣人のハリソン氏は夫婦仲が悪く、妻が家を出たために知人もいない島に独りぼっちで流れついてきた初老の寂しい男です。
ミス・ラヴェンダーは、若い日の失恋に、悔いても悔やみきれない後悔と未練を残しながら、人里離れた石の家で二十五年間も空しい歳月を送ってきた中年の独身女性です。
アーヴィング氏も妻の死によって幸福な家庭を失い、子どもと離れ、多忙な仕事に悲しみを紛らわせて生きています。
強烈な個性とエネルギーに満ちたリンド夫人でさえ、長年連れそった夫を介護して看取り、未亡人になります。
アンが熱愛するアラン夫人も、かつては愛らしく朗らかで、まだうららかな娘のようでしたが、今や幼い息子に先立たれ、思うに任せない人生の悲哀をその面ざしに翳らせた女性に変じています。
アンシリーズを、現実離れして楽天的な作品だと思うのは早計です。私たちと同じように生老病死の苦しみを抱えた老若男女が織りなす陰影ときらめきの両方をたたえた大河小説なのです。
しかし傷ついた大人も子どもも、太陽のように明るく暖かいアンによって生まれ変わったように人生が変貌していきます。アンの愛情深さ、希望に満ちた態度、善に対する強い信念に感化され、人々はまた生きる価値を見出していくのです。(つづく)
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