第1章 怒りっぽい隣人 (1)

 まろやかな陽ざしにつつまれた八月の昼下がり、プリンスエドワード島の農家の戸口に、背が高く、ほっそりとした少女がすわっていた。年は「十六歳と半年」、瞳はきまじめで灰色、髪の色は友人たちの言葉を借りると金褐色だった。少女は上がり段の大きな赤い砂岩(さがん)に腰かけ、ヴァージルの詩を読みとこうと、かたく心に誓っていた(1)
 しかし八月の昼下がりというものは、今では滅多に使わないラテン語(2)の難しい詩を読むより、うっとりと夢想にふけるほうがふさわしいものだ。収穫をむかえた丘の斜面には、青々としたかすみがたなびいている。そよ風は、妖精のささやきのようにポプラの梢(こずえ)をさやさや鳴らして吹きすぎ、真っ赤に咲く鮮やかなヒナゲシ(ポピー)をおどらせる。ケシの赤い花は、サクランボウの果樹園のすみに植えられた若いモミの深緑のしげみに美しく映えている……。ヴァージルの詩集は、やがて気づかないうちに地面にすべり落ちていった。アンは組んだ両手にあごをのせて、J・A・ハリソン(3)氏の家の真上に高い雪山のようにわき立つ、ふわふわした大きな雲をながめていたが、しかし心は、はるか彼方の夢想の世界へ飛びたっていた。空想の中では、一人の教師が、すばらしい指導をしていた。末は博士か大臣かと教え子たちの運命を形作り、若い頭脳と心を、気高く立派なこころざしで奮い立たせていたのだ。(つづく)
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