D IARY 日記 |
2004 March |
●○3月30日(tue)○● 今日はメキシカンナイトってことで チリコンカンなぞ。 いつもより更に材料に凝らず、あり合わせで作ったのに 相方に絶賛される。 考えられる違いは 初期の段階で「焦がしたこと」 新たな料理のコツを知る。 ●○3月28日(sun)○● 風邪だ、旅行だで、さぼっていた家事をてきぱき。 私はコンペのために版画三昧だったので 主に相方が。(不良主婦) 相方の髪を切りました。 結婚以来ずっと切ってるから、上手いもんよ。 切りたてはいつも義弟から 「スポック船長」と言われていますが。 (歳がばれるって!!) ●○3月27日(sat)○● 声は出るようになりました。 ハスキーですけど。もんたよしのり女バージョン(歳がばれる)。 ということで、早速(?) 前々から予定していた友人宅襲来。 いつもの仲間で横須賀集合。 総勢11人(+子供4人)。 笑った、笑った。 相方友人達ですけど、私もかれこれ10年近い付き合いだ。 これからもよろしゅう。 ●○3月26日-3-(fri)○● 声が出ない以外は全く元気、健康体だったのですが やはり声が出ないと何に対しても意欲が無く。 家に帰ってご飯を食べたら、即就寝。 今時、幼稚園の子供さえしないような生活を。 一方相方は旅行から帰ったその足で 通夜及び故人をしのんだ飲み会で3時帰宅。 次の日は仕事関係の飲み会で1時帰宅。 二日明けて、送別会がらみで2時帰宅。 最終日は、酔いつぶれたとかで 相方友人から電話があったのですが 「もしもし、Dさん、潰れちゃったよ!」 「・・・○×△・・・!!!!」 (一生懸命話すも、声は出ず、電話だと余計わかりにくい) 潰れているのは私の声だ。 電話、そうそうに切られました。 しょぼん。 ●○3月26日-2-(fri)○● 旅行は、貧乏旅行当然、素泊まり3千円上等!の我々にしては 初の「一泊3万5千円の宿」というやつでした。 たまにはこういう旅行もいいんじゃないかと。 ホスピタリティ、というものを存分に味わわせて頂きました。 食事もフレンチのコースで大変美味。 惜しむらくは、プリフィクスのコースで 注文を言う際に 「押し殺すようなハスキーボイスもしくはかわいげのないウィスパーボイス」 「お前は暗殺者か」 ってなかんじだったこと。 大変教育の行き届いた素晴らしいウエイターの方々が あまりのことにぎょっとしていました。 無念。 ●○3月26日(fri)○● ご無沙汰しておりました。 何してたかって言うと、風邪ひいてました。 大したこともなく。 熱は一日出ただけ。 あとは、体力的には問題なかったのですが。 声が5日間出ませんでした。 咽頭炎って言われたんですけど、 声が出なくなったのは、発熱から4日後。 びっくりしたわ。 学生時代は、この時期、歓送迎会やらで 飲み会続いて、カラオケ行きまくっていると 毎年声を枯らしていたんですけど 働くようになって、大人になってそんなこともなかったんですけどねえ。 そんな中、相方と小さなアニバーサリーで 旅行に行ってたんですけど その行きで、秘書猫を預けるために寄った相方実家。 義母が私の全く出ない声を大変心配してくれたのですが 義父が、奥の部屋から出てきた途端、 「のりちゃん、おはようって言って言って」 おかあさん、・・・楽しんでるでしょう? ●○3月10日(wed)○● 版画教室で一諸にやっている男性に電話をする用事がありまして。 彼は教室の中で比較的年若いこともあり(30歳) その容貌も[のらくろ]みたいで可愛いことから(許せ) 名前の一文字をとって「Sちゃん」と愛情を込めて 呼んでいるわけですが 電話には優しそうなお母様が出まして とっさに「Sちゃん」といいそうになるのを抑え、 「版画教室でご一緒しているキョウエと申しますが Sくん、いらっしゃいますか?」 と。 30歳の男性のことを くん、で呼んでしまって、あの上品なお母様は どう思われたことでしょう。 嗚呼。 |
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