>『石蹴り遊び』を捜して本屋を巡る毎日です。
>リクエストにお応へして「帝都」。
風邪で一日寝る。目が覚めると「超短編小説・世界篇」柴田元幸訳 文春文庫をぱらぱらとめくり、また寝る。読んでは寝て読んでは寝て。もともと短編小説が好きなんだけどこれはいいね。「超短編小説70」よりもいいかも。お、こんなところにフリオ・コルタサルが。
ちくま文庫の「超短編アンソロジー」のほうは読者の想像力に依存しすぎているという感じを受けて、どうも私の趣味に合わなかった。
超短編小説の傑作アウグスト・モンテローソの「ディノザウルス」(安藤哲行訳)
目が覚めると、まだディノザウルスはそこにいた。
を素直に楽しめるか、もうそれだけでは何かが足りないと思うかの違いかなあ。
>ペペロンチーノがキラーコンテンツとなりつつある今日この頃。もともとあれは日記の一部だったので、現在の形は先祖帰りなのでしょうか。誕生日・ボンジョビ・グッジョブ・大丈夫。意味もなく並べてみました。本当に意味がない。
>日記の13日の金曜日に書いた何故人を殺してはいけないかと問われ、オード・トワレ、トワレかくあれ。だれか書いてくれないかとつい書いてしまったら月見雑文祭でお二人も書いてくださる方が出現。申し訳ない。ありがとうございます。自分で書いたことすっかり忘れていました。半茶縛りとあったのでしりとりになっているのか文頭作文なのか話の流れに関係ない駄洒落をむりやり入れているのか最後窓から飛び降りるのか話が破綻しているのかとか考えてしまいました。
>なんだかさっぱりわからない話なのに「なんとなくすごい」と思わせてしまうところ、というとたいして可愛くもないのに「なんとなくグラビアに出ている」アイドルみたいなものでしょうか。ケンシロウなら「そんな大道芸が俺に通用すると思っているのか!」と叫ぶところでしょう。コカコーラ・ボトリングなら「そんなダイドー・ドリンコが俺に通用すると思っているのか!」さてさらに安売りショップなら「そんなダイソー100円ショップが…」
ヘリコプターというものに初めて乗りました。高度700m時速200kmから眺める東京の夜景はきれいだったです。見渡す限り広がる明かりとぽっかりと空いた暗い森。これで隣に座っているのが高所恐怖症で体が固まっている上司でなかったら言うことないのだが。
「千と千尋の神隠し」をビデオで見る。話がなあ。物語の重要なポイントポイントでの説明(暗示)が足りないのがなあ。わざとやっているのかなあ。なぜ千尋の両親はあれほど子供をないがしろにしているのか。なぜ千尋は要所要所で的確な判断ができるのか。なぜ坊は千尋についていくのか。なぜ湯爺は物語のルールを外れてまで千尋に親切なのか。なぜ顔無しはあれだけでおとなしくなったのか。なぜハクは最初から親切なのか。なぜハクと千尋は過去のつながりがあったのか。なぜ千尋は豚になった両親を見分けることができたのか。なぜ千尋はあんなに魅力がないのか。解明されない謎が多すぎて物語にのめり込むことができませんでした。
アニメーションとしての動き(空を飛ぶ場面とか、動物としての龍の動きとか、CGでしかできないパースの移動の見せ方とか、必要最小限の体の動きで感情を表現する顔無しとか)は素晴らしい。宮崎監督の最近の作品は物語全体としては破綻している傾向があるのだが、誰も意見しないのかなあ。やっぱりそんなことは分かっていてわざとやっているのかなあ。
>何か一言あれば
>何か一言あれば
>リッツ一箱あれば
>初期のフリオ・コルタサルは完璧な短編の構築を目指していて、正当なポーの後継者と言われていたそうです。他の作品を読むには古本屋を回るしか無いみたいですねえ。
それから、「気になる部分」よく手に入りましたねえ。私は未だに本屋で見かけたことがありません。
>お名前の由来はペンギンでしょうか。さて、明確に区別しなければいけないのは痔と痔瘻でして、私の場合は痔瘻でした。まあ痛いのは同じですが。私は外科にまわされたせいか非常に痛かったです。
>つづき)「ペペロンチーノの作り方」でグーグル検索と2chに書かれているのを見かけた時には目眩がしました。CCCDと書くとなんかソ連の組織みたい。
Audio Sponge / Sketch Show / CTC-14224 細野晴臣と高橋幸宏のユニット。猛反対に負けてコピー禁止CDにすることは諦めたAVEXですがCD-EXTRAとなりました。AVEXはCDの音質低下に命を懸けているらしい。たとえ売り上げが落ちて会社が傾いても音質を低下せしめん! ああ、そうですか、がんばってください。CD-EXTRA部分はCD買った人しかアクセスできないウエブサイトに飛ぶことができるらしい。私の環境ではフリーズするので確認できませんでした。
ノンスタンダード時代を彷彿させるエレクトリックな堅い音からアンプラグドまで幅が広すぎて説明に困ります。サウンドコラージュから幸宏叙情節まで。二人がお互いに相手をうまいことプロデュースしている感じでいい感じ。坂本龍一の参加を数曲に抑えたのは良い判断だったと思う。
>ありがとうございます。誕生日、冥途の旅への一里塚てなことを申しまして。え? 聞いたことがない? 申し訳ない。私も初めて聞いた。こりゃまいったね。
下条さんのgoogle調査によると、わたしは「ぼつちやん」の権威だそうである。権威があっても誰も敬意を払ってくれないのでは意味がないような気がする。ぼつちやんな人は私に敬意をはらうがよかろう。それからおじようちやんな人は私に拭い難い好意を持つがよかろう。どちらでもない方は性同一性障害ですのでカウンセラーにかかることをお勧めする。
それにしても不思議なのは当サイトは「ペペロンチーノの作り方」ではgoogleの検索でトップになるのであるが、「ペペロンチーノ」では16位なことである。すると1位から15位までのサイトは「ペペロンチーノの作り方」以外の部分で深くペペロンチーノにコミットしているということになる。ということは上位のサイトとして「ペペロンチーノそのもの」「ペペロンチーノの本質」「ペペロンチーノの歴史」「ペペロンチーノの由来」「ペペロンチーノの食べ方」「ペペロンチーノの注文の仕方」「ペペロンチーノの麺の茹で方」「ペペロンチーノで一週間」「ペペロンチーノでダイエット」「ペペロンチーノは日本一」「ぺぺとロンチーノの冒険」「ペペロンチーノに隠された聖書の秘密」「ペペロンチーノの嘘と真実」「ペペロンチーノは何処へ消えた」「ペペロンチーノが百人の村だったら」「海辺のカフカはペペロンチーノ」等のサイトが並んでいるものと推測する。もしかしたら「ペペロンチーノを食べずにペペロンチーノ雑文を書くことなかれ」が入っているのかもしれない。
>お久しぶりです。新作まだかなあ(それとなくプレッシャー)。はじめてのミステリが殊能というのはきついなあ。はじめて読む私小説が田紳有楽みたいな感じですか。
タイトルロゴは、なにしろ飽きっぽい性格なもので。そいでもって私の方はもうすぐドザーになるかと思います。
>「悪魔の涎・追い求める男」たいへん面白かったので再び読み返してみましたところ、最後に死んでしまう話ばかりというのに気がついてちょっと鬱になりました。
昔からの悪癖で、読んでいる本がとんでもなく面白い場合、読むのを中止して本を放り出してしまう。理由はよくわからない。影響力のある本によって人生の方向がねじ曲げられるのを本能的に忌避しようとしているのかもしれない。
「悪魔の涎・追い求める男」フリオ・コルタサル 木村榮一訳 岩波文庫 思わず放り出しそうになるのを我慢して読んでいる。題名で損しているよなあ。「悪魔の涎」ってなんかグロい話みたいじゃん。「穏やかな秋の日に空中に浮遊する蜘蛛の糸」のことだそうだ。以下、本短編集のちょっとした紹介。
「続いている公園」わずか2ページでフィクションとメタフィクションの間の高い壁をすり抜ける超絶技巧。
「パリにいる若い女性に宛てた手紙」ガールフレンドが旅行中に留守番することになった喉から小兎を産む男の騒動。
「占拠された屋敷」広い屋敷に住む兄と妹とあらかじめ予想された喪失。
「夜、あおむけにされて」バイク事故と古代アステカの宗教儀式が争う。
「悪魔の涎」妙にぶれた語り手と語られる対象。動き出す写真とずれる現実。
ここまでで約半分。
これらの短編が書かれたのは1950年代。やれやれ、私が書きたいものは既に私が産まれる前に書かれていたらしい。
本屋に入ってみるとどの本屋も「カフカ」「カフカ」とお祭り騒ぎである。流行に乗り遅れてはいかんと思い、「カフカ短編集」池内紀訳 岩波文庫を買ってみる。
>実生活で問われたら、心配かけるのもなんですのであいかわらずですと答えます。あいかわらずどうなんですかと更に問われたら、あいかわらずぼちぼちですと答えます。結局どうなんですかと問われたら、あいかわらずぼちぼちと最低ですと答えます。
えっと、元気です。
「何故人を殺してはいけないかと少年に問われ、問答を繰り返す内に答に窮し、少年に冷笑されたためかっとなって殺してしまうお話」を考えたのだが、誰か書いてくれないか。「何故人を殺してはいけないかと少年に問われ、問答を繰り返す内に殺してはいけないという理由は無いという結論に達し、じゃあどうして殺さないのさと冷笑する少年の顔を見つめてにやりと笑い”そうだね、まったくそのとおりだ”と隠し持っていたナイフを握る」と言う話でもよい。できればものすごい月見をしている時の話ならなお良し。
まあ、なんだね、誕生日に書くような内容ではないね。
ふらりと入った本屋で見つけた「怪奇小説傑作集2 創元推理文庫」を読んでいる。初版が1969年だから言い回しが古めかしい。面白いので他のも読みたい。どうも1〜5巻まであるらしいのだが入手できるのだろうか。なぜかその本屋で美人を何人も見かける。こちらに帰ってきてから仙台って美人が多いんだねという話をしたら、えっと絶句された。仙台に長くいたその人は、最近は交通が便利になって秋田美人との混血が進んだからであろうかと推測していた。そうなのかなあ。
>メッセージは別にNo Nameのままでもいいです。それでもなんとか強く生きていますのでご心配無く。実はまだまだあるのですが、ここは別に赤裸々告白サイトというわけでもないのでやめときます。
>嫁さんが掃除してくれると思って好き勝手にしていると、そのうち嫁さんがぶちきれたりします。
渋谷一夜物語<シブヤンナイト> 山田正紀 集英社
自選短編集 長編型作家の短編って好き。思いついたアイディアは長編に使用するように思考回路が出来ているので、どう扱えば良いのか皆目分からない怪しいアイディアが短編に使用されるからであろう(と推測)。この本は後書きは最後に読むこと。約束だ! ミステリーとホラーが中心に編まれています。彼の言い訳がましいぐだぐだした説明の文体はSFにこそふさわしいと思うんですがねえ。作者の軸足がミステリに移ったのは二十数年来のファンとしては寂しいんですが、大病から奇跡的に回復したということを聞けば、新作を読めるだけ幸せというものであろう。
彼は徳間文庫から不可思議アイランド(1988年)という短編集を出していて、これがまた奇妙なほど奇妙な味で大好きなのですが、残念ながら絶版。
A Hundred days off / Underworld V2CP140 この前思いついて、ダブノーベスウィズヘッドマン→Bone slippy→弐番目のタフガキ→Beaucoup Fish→Everything, Everythingと一気に聴いてみました。当時はあんなに好きだったのに、今の耳で聴き直すと非常に凡庸な音のように聴こえて驚きました。単に自分の過去を断罪して終わるというのはしゃくなので、なんとか原因を見つけだそうとしましたが、どうしてなのかよくわかりません。テクノというジャンルの構造的な問題なのであろうか。ちょうどこのアルバムが出ていたので聴いてみる。「凡庸」という感想しか出てこない。何故だ。DinosourusAdventure3Dは若干いいかな。悔しいのでCD屋に走ってシングルTwo Months Offを買ってくる。同上。悔しいのでCD屋に走ってちょっと前のシングルPearl's Girlを買ってみる。若干良い。どうして判断基準が変わってしまったのか自分でも良く分からない。私の中でテクノは完全に死んでしまったのだろうか。いつ?どうして?
メッセージをいくつか頂きましたのでこの場をお借りして、というか自分のページなので借りるまでもないのではあるが、それはそれ、これはこれ、感謝の意とともにお返事に代えさせていただきます。
>「針井探偵版 僧正殺人事件(偽)」
「…このゴミだかアイテムだかクズだかお宝だかで足の踏み場もない部屋を片づけるためにはどうしたらよいか。僧正と名乗る犯人はそう考えて同居人の殺害に至ったのだ。」
「それでは、部屋を散らかす人を憎むあまりに殺人を…」
「いや、違う。この部屋で殺人が行われれば、警察が捜査を行う。そして物証を得るために鑑識が部屋中のものを押収するだろう。そして部屋に溜まったがらくたのみならずチリ一つまで、すべて警察に持っていかれ、そうして犯人が片づける手間を使うことなしに部屋が片づくというわけだ。」
「なんという! そんな理由で人を殺すなんて…。部屋の掃除のために殺人を犯すなんて…」
「そう、これが本当の『掃除用殺人事件』。」
「いや、これが本当のじゃなくて。」
「しかも、いくつかの事象をまとめて名付けたりするために。」
「…総称殺人事件?」
「幕末の…」
「尊王攘夷殺人事件? そろそろいいかげんにしなさい。」
「そうしよう(殺人事件)。」
>「それそれ」とか「これこれ」とか「どれどれ」とか思う場合を想像してみます。
>生きているということは、未だ知覚していない時空にさらされるということでありますから、ここもまた知らないところであるとも言えましょう。
>なにしろ毎日書くのは大変でして。なにぶんにもよろしく。
>女性に間違われやすいということは、プロフィールのページ作ったほうがいいのかなあ。半茶という名前のせいかなあ。実物はほんとにオヤジなんですけど。今ではとても信じられませんが、小学校のころはチビでやせっぽちで髪を伸ばしていたので女の子に良く間違えられました。おかげでファーストキスは変質者のおじさんに奪われました。
スタイルシートで段組やろうとさんざんあがいてみたのですが、どうやら私のスキルではダメみたい。テーブルあんまり好きじゃないけど仕方がない。人はテーブルから生まれ、旅立ち、そしてテーブルに戻ってくるのだ。
量販店でTOPGUNというゲーム機があったので買ってみる。ゲーム機のコントローラー型でファミコンソフトを100種類程度内蔵している(ずいぶんタイトルが重複しているので正確な数がわからない)。TVに繋いでしばらく遊んでみた。そうそう、昔のゲームは敵に触れただけで死んでしまったよなあ。
しばらくサイトの更新を休んでみましたが、テキスト書きたい意欲とかサイト更新したい意欲が全く湧かないのには我ながらびっくり。
とりみきの新刊は"Last Bookman stand" ではなくて "Last Bookman"の間違いでした。謹んで訂正いたします。前作DAIHONYAに比較すると続編の宿命で新しい世界観の提示という点ではインパクトは弱まっているのではあるが、やっぱり面白い。アイディアの密度が低いような気がするのも続編の宿命であろうか。
神罰 田中圭一 ドクター秩父山の作者というのをしばらく気がつきませんでした。絵柄が全く変わってしまって手塚治虫になっています。手塚治虫でエログロナンセンスをやるというのがキモなんですが、この一冊で終わるのだろうか、それともこの路線で突き進むのだろうか。気になる。
僧正殺人事件 ヴァン・ダイン 創元推理文庫 本筋には関係ないのだが、原作1929年文庫になったのが1959年というせいもあって言い回しが古くさいのが面白い。”この事件は魚臭い””気が狂っている””びっくりぎょうてんしたことには”
ミステリのベストテンに挙げられるほどの名作とされている。現在の目からすると、マザーグースの唄のとおりに殺人事件が起こるという趣向は、当時画期的だったと思うのだけれども、なにしろ探偵の推理に穴が多いというか穴しかないのはいかがなものか。事件の発端からこの事件の全貌を予測していたとしか思えない探偵の言動から判断して、真犯人はこの探偵である蓋然性が高いのではないか。
と、予習がすんだところで 僧正の積木唄 山田正紀 文藝春秋社 を読む。僧正と名乗る人物による殺人事件が再び。僧正殺人事件は解決していなかった。名探偵金田一耕助が立ち上がる。ということで僧正殺人事件の真犯人と、なぜ真犯人が捕まらなかったのかという謎まで解決している。面白かった。時代をからめた話の広がりといい、控え目に言って傑作なのではないか。