車輪の横      

-19. 車輪の横 010612


目を開けると、車はガードレールすれすれに走っていた。しっかりしろと言い聞かす。どうやら運転しながら眠ってしまったらしい。しばらく仮眠した方がよいと思い、路肩に駐車出来る場所を捜す。助手席では妻が眠っている。できれば運転を代わってもらいたかったが、疲れ切って熟睡している妻を起こすのはためらわれた。道の左側は運河が走っているはずである。コンクリートの高い壁が見える。道は狹く、なかなか駐車できる場所が見つからない。車をゆっくりと走らせながら単調な壁を眺めていると、また眠気が襲ってくる。やっと車を止め仮眠するために目を閉じる。エンジンを止めると急に静かになる。クーラーも止めたのでウインドウを少し開けてみる。水音がかすかに聞こえてくる。運河の向こう側には廃線が走っているはずである。

目を閉じて、ここからは見えない運河の水面を想像してみる。ゆっくりと流れる水面に、街灯の明かりがゆらゆらと反射して見える。運河の向こうの林の更にむこう。廃線の上を、誰かが歩いているのが見えたような気がした。気がつくと頭の上に水面が見える。運河に浮いている自分。ゆっくりと流されている。水は少し肌寒いが、冷たいというほどでもない。流されている。このままずっと浮いていたいと思う。このまま流されたい。水面から岸に生えている木の緑色が揺れて見える。人影のように見えるのは服の色からすると妻だろうか。車からいなくなった私を探しに来たのだろうか。声をかけようとして、水の中で息をしていないのに気がつく。もう死んでいるからだろうか。未だ産まれていないからだろうか。私の顔を魚が突つく。ゆっくりと流される私の顔に枯れ枝がかかる。

目が覚めると、顔の上にカナブンがとまっていた。青と緑と黄色に光る甲虫を、そっと手で掴んで窓の隙間から逃がしてやる。カナブンは街灯の光を反射しながら運河の方へ飛んでいった。運河の向こうの林まで飛んでいくのだろうか。廃線の上を歩いているあの男のほうまで飛んでいくのだろうか。彼も運河に浮かぶのだろうか。私は顔を手でこすり、エンジンをかけ車を発車させた。助手席の妻は目をつむったまま軽く身じろぎする。運河沿いの道は前方に長く続いている。


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