暗喩の國のアリス      

-11.  暗喩の國のアリス  000802


アリスは川邊でおねゑさまの横に座つて、明示的になんにもすることがない状況下であるということの当然の帰結の如く、甚だしく退屈しはじめてゐました。一、二回はおねゑさまの作製してゐるウヱブサイトをのぞいてみたけれど、そこは繪も會話も暗喩もなゐただのアイデンティティーの崩壊した自分自身語りヱロサイトでした。「繪や會話や暗喩のないウヱブサイトなんて、なんの役にもたたないぢやないの」とアリスは思ひはせた。

そこへいきなり、兎が近くそのものを走つてきたという事実が明示される。それその表層のみなら、そのようなめずらしい暗喩でもありはしない。しかしもってその兎がチョッキのポケツトから懷中時計そのものをとりだしてそれそのものを眺め、さらに付け加えるならばまた急激に逃走したとき、アリスも驚愕を持ってその感情を重層的に示した。といふのも、兎のチヨツキのポケツトから取り出される処の時計と云ふ暗喩というパアスペクテブを得たことないぞ、と云ふことに急に氣がつゐたからである。全く注目に値するエピソードである。そこで慌てて兎のあとそのものを逃走−追跡していくと深い井戸のやうな穴そのものにおいて落ちる状況を提示す。

おやおやイドの中を落ちていくだつて。くすくすくす。暗喩にもなりえないわ。アリスは笑つてしまひました。それから藥を飮んで大きくなつたり小さくなつたりしました。ここに表象されるものは家庭に縛られるジェンダーの暗喩だわ。はんぷてぃだんぷてぃは生卵の暗喩だし、お茶会は現代における構造が崩壊してなお総体として存在し続ける意志を持った家族と云ふものの暗喩に違ひないわ。三月菟は無論男性の猛り狂つた性衝動の暗喩だわ。おやおや、アリスちやんは相当おませさんですね。これについては読者にも賛同を頂けることであろう。

そこへ大勢の家來と王樣を引き連れた權威と狂氣の暗喩の樣なトランプの女王がやつてきました。「首そのものを切つておしまひ!この祝祭的興奮と共に!」ちょつと待つてよ「權威と狂氣の暗喩の『樣な』」なんて記述されてしまつたらその時点で、暗喩ぢやなくて直喩になつてしまふぢやないの!「直喩を馬鹿にするではない!首そのものを切つておしまひ!」

ここでアリスは眼が覺めてしまひました。「ね、すつごくへんな暗喩の夢を見たの!」とアリスはおねゑさまに言つて、この夢そのものを、おもひだせるかぎり話してあげました。ふうん、その暗喩はもしかしてこんな顏をしてゐなかつた? お姉さまが顏を上げるとその顏には目も鼻も口もなく、ただ暗喩だけが……。

プロジェクト杉田玄白の不思議の国のアリス ルイス・キャロル著 翻訳: 山形浩生を参考にさせていただきました。


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