羊を数える      

-3. 羊を数える 010214、020314改稿


自慢するようなことでは無いのかもしれないが、寝つきだけは良い。かえって、寝てはいけないところで寝てしまわないように苦労するほどである。机に向かって書類を作成中の時とか、会議中とか、次の駅で降車する直前とか、スカイダイビング中とか、性交中とか、アル中とか、西中原第三中とか、渦中で五里霧中とか。しかし、周りの人が起きているときに寝てしまうと大音量でいびきをかく(らしい)のでよく恥をかく。社員旅行で「いまだかつて聞いたことが無いような大音量のいびきであった。」と言われたことがある。この前は、講演会を聴講しているときに隣の人から突つかれて起こされてしまった。起こさざるを得ないほど大音量のいびきをかいていたらしい。あれは恥ずかしかった。一旦眠りにつくと周りで何が生じても起きないので自分では聞くことが出来ないのが残念である。

一旦眠ると動かざること山の如しである。数年前、消し忘れた枕元の電気スタンドが倒れて布団が燃えて部屋中煙だらけになったことがあった。気がついた家内が大騒ぎして消し止めて、ふと横を見ると当の私が熟睡していて呆れられたくらいだから、我ながらたいしたものである。

睡眠にはREM睡眠とnonREM睡眠があることが知られている。夢を見るのはREM睡眠の時である。REM睡眠は(Red Eyed Monster:赤目玉の怪物)の略であることから分かるように悪夢を見ることが多い。REM睡眠が赤目玉であるならば、nonREM睡眠の時見る夢は青目玉であろうか。怒られる夢は大目玉であろうか。

たまに眠れない夜もある。そう言うときは寝るのをさっさとあきらめることにしている。焦ってもしょうがないというのが経験的に分かっているからである。不眠の原因は明白で、大抵は昼寝のし過ぎである。

眠れないときは羊を数えるといつのまにか眠れるという話がある。私の場合、それで眠れたためしが無い。英語ではシープとスリープの語感が似ているので効果があるらしい。日本語で、はたして効果があるのであろうか。

以前、眠れないときに羊を数えたことがあった。広い草原の真中に木の柵を思い浮かべ、向かって右から左へ羊が一匹づつ柵を飛び越えていくところを思い浮かべる。羊が1匹、羊が2匹…羊が55匹。飛び越えた羊が100匹を越えたあたりでいきなり黒服を着た初老の紳士が柵を飛び越えた。ここで驚くと覚醒してしまってせっかくの眠気が飛んでいってしまうと思い、あくまでも羊であったように思いこむ。羊が121匹、羊が122匹。飛び越えた羊が150匹を越える頃、良く考えると、羊ではなく執事だったのかと思い当たる。笑うと眠気がどこかに行ってしまうので、じっと我慢する。柵を飛び越えた白い羊の群れの中に一人だけ黒服を着た執事が立っている。私の方をじっと見ている。私は眠らなければいけないので、その視線に気がつかないふりをして一心に羊を数えつづける。

200匹を越えたあたりで不器用な羊が柵を飛び越えるのを失敗する。柵に足を引っ掛けてもろに頭から地面に突っ込む。首が不自然に折れ曲がり、羊の体が二三度痙攣したあと動かなくなる。後続の羊は何事も無かったかのように柵を飛び越えようとするが、横たわった羊の体に足を引っ掛け倒れ込み、次々に羊が折り重なっていく。やれやれ、知らん振りするのもこれが限界かと羊の体を片付けに行こうと立ち上がる。二三歩あるいたところで、折り重なった羊の重さに耐えかねて地面が陥没する。地下に空洞でもあったのであろうか、直径20mほどの底無しの穴が地面に穿たれる。わたしは呆然と立ちすくんでその光景をみているが、そうしている間にも、その穴に向かって羊は次々と柵を飛び越え、穴に身を投げ続ける。執事はなおも私をじっと見つめている。

というところでどうにもこうにも目が冴えてしまった。

それ以来、眠れない夜に羊を数えるのはやめた。きっとあの執事の正体は赤目玉の怪物に違いないと思っている。

蛇足:REM睡眠はRapid Eye Moveの略で、目玉がきょろきょろ動いているのが観察されることから命名された。REM睡眠のときに夢を見ると言われている。
蛇足の蛇足:執事の他にも、メインでない仕事をやらされたり(雑事)、赤い花を咲かせた樹木が根っこを足のように使って柵を飛び越えたり(ツツジ)、やたら空白が多くて意味のとれない書物が飛び越えたり(活字の脱字)、 白人女性が私に向かって認知を迫りながら柵を越えたり(混血児の出自)したこともあったが、それはまた別の話である。


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