いつものように思い付きのアイディアを節操なく垂れ流していたら いつの間にか笑い飛ばされることが少なくなり、真顔で感心される ようになってきて、なんだかおかしいなとは思っていた。
やっと気が付いたが、これは老人に対する取り扱いである。敬老精神で話につきあってもらっているようだが、私の存在が老害そのものである。
こちらとしては、いつまでも14歳のままのつもりで森の小道をスキップする小僧のままのつもりでいたら 突然、老化という名の熊が出現したような感じである。
そんなになるまで長く勤務していたので会社の方から 少し休んで奥さんと旅行にでも行って来たらどうかと言われる。 相談してみると銀山温泉に行ってみたいという。運よく宿がとれたので 11月の寒い中、山形県の山奥に行ってみた。
山形駅を通過すると極端に速度が低下する新幹線に揺られて 山奥へ向かう。初日はあいにくの豪雨で計画していた川下りは キャンセルさせてもらう。代わりのイベントを探そうにも 山奥なので何もない。新幹線の停車駅なのに駅前には 喫茶店とケーキ屋とパン屋とラーメン屋しかない。 晴れていれば散策でもできたのだろうがあいにくの豪雨では 7マイルは遠すぎる。
しょうがないので初日の宿に向かう。 宿は両側を山に挟まれ、周囲には道路と最上川しかない。 宿の川上方向、川下方向どちらも数百メートルには建物らしき ものもない。しょうがないので宿の窓から最上川を眺める。 対岸には白糸の滝と赤い鳥居が見える。地図を見ると鳥居まで たどり着ける道が存在しない。
鳥居の木材はどうやって滝つぼまで運んだのか、鳥居を建てる人たちは
どうやってそこまで行ったのか謎は深まるばかりである。
1.道なき道を運んだ
2.川を流れていた木材が川の乱流に揉まれて
奇跡的な偶然で組み合わさり鳥居の形となり、偶然にも川底の穴に
足がはまって鳥居となった
3.船で運んだ
4.熊が運んだ
特に正解は求めていない。
遠くから見える滝の細長い一筋の白い水の流れはまさに白糸といった感じ。 豪雨のなか山に振る大量の水は古来から樹木を育て 木は林となり、やがて森となった。 芭蕉の時代にはまだここら辺は林だったのだろう。
五月雨を 集めて 林 最上川
翌日も特に予定はないので銀山温泉に移動。 宿が手配してくれたバスは社内でおしんを流している 山と川と畑しか見えない道を爆走するバスは おしんが奉公先をクビになったころに銀山温泉に到着。
更に山奥の銀鉱山(江戸時代初期に廃坑)を目当てに 山に挟まれた小さな川の両側に宿が並んでいる。 道はせまくて車は入れない。宿も奥行きがあまりない。 川にそって散策する。 狭いところに日帰り観光客が多いので混雑している。 なにしろ狭いので店の数も多いとは言えないので すぐ見終わる。 川上には滝があった。更に奥に登れば銀鉱山跡があるようだ。 登ってみる。川の水は恐ろしいほど透き通っていて綺麗。
鉱山跡はなかなか面白かった。しかし他の観光客が全くいない。 法被を着た町内会の人っぽい人とすれ違ったくらい。 結構な観光資源だと思うのだが商売っ気がないのか目立つ案内板なども 見当たらない。
古くて趣きがあるのはいいが、壁が薄い。隣のビジネスマンの 明日の営業方針をじっくりと聞かされる。 向かい側の旅館はモダンなガラス張りの建物なのは良いけれど モダンすぎて向こうの壁まで素通しである。こちらの障子をあけると 着替え中のパンツ一丁のおっさんの姿が見えたりする。 カーテンとかブラインドもないようだし、冬は極端に冷えるのではないかと 心配になる。
宿が小さいので地下の暗い小さな温泉。やはり趣きはあるが 温泉宿という感じはしない。温泉街からちょっと離れた大きなホテルの 大浴場にも入れるというので湯を浴びてくる。平日だったせいか貸し切り状態で のんびりできた。
翌朝、送迎バスを待っていると後ろに並んでいたおっさんが宿の人に話しかけている。
「露天風呂に浸かっていたら向こうの山に熊が歩いていたんだけど」
宿の人は驚いた様子もなく
「ああ、出ましたか。親子熊がでるんですよね」
マジか。昨日裏山をさんざん歩き回ったのだが。熊に出会わなかったのは幸運だったのだろうか。
しかし油断してはいけない、熊は老化のようにある日突然あなたの目の前に出現してしまうものなのだから。
<終わり>