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216.異世界転生したものの特にパーティーを追放されたり悪役令嬢になったりしないがもう遅い 20230712

 この祠(ほこら)にその男が入っていったのは目撃されているのだが、彼はそれ以降行方不明。
 針井探偵に依頼する人の気はしれないが、彼が引き受けてしまったので助手の私は仕方なくついて行く。まず現場ということで祠を調べる針井探偵。特に助手がやることはないので祠が建っている森の風景を眺めている。二人してトラックに轢かれて同時に異世界転生するとは思わなかったが、まあなんとかなるものである。転生するからにはチート能力が付加されたりするのが常道であるが、特にそんなこともなかった。この世界の神様はケチのようだ。
  調べ終わった針井探偵は祠の中を指して説明しだした。特に要求もしてないのに説明したがるのは探偵の悪癖である。せめて関係者を集めて「さて」と言ってから説明をしたほうがよいのではないだろうか。
  「……この祠(ほこら)の中心に建っている細い柱、ここに来るまでに手に入れた古文書を解読して判明したが、これこそが魔王を封印している魔法陣の最後の錠前なのだ。」
  いやいや、いくら異世界転生ものといえ唐突過ぎないか
 「複雑な手順に従って柱を切り倒してしまうことにより、魔法陣の作用は現在とは逆の方向、すなわち魔王を封印から外界へ引っ張り出す力が現出する。この祠から消えた男は魔王崇拝者であり、魔王を復活させようと作業を開始したに違いない。ところがその男が準備したノコギリがガラクタ同然の切れないノコギリだったため柱がなかなか切れず、切り倒す前に魔法陣開放の次の手順が進んでしまった。これにより魔法陣を制御していた力が乱れ、一時的に魔王を封印する力が逆に強くなってしまった。男はその力に巻き込まれ魔王と共に封印されてしまったというわけだ。ここに落ちている切れないノコギリがその証拠だ。この密室で男が消えてしまったのは、切る作業がノロくなってしまうノコギリが原因であったのだ。」
 じやあ、その古文書の記述に従えば魔方陣の作用を開放して男を救い出すことができるのでは。
「あいかわらず君は馬鹿だね。魔王の封印を解いてしまったら魔王も開放されてしまうではないか。そんなことはできない。」
それはそうだ。よく考えると男は魔王崇拝者だったから、今は魔王と一緒にいられて満足なのなのかもしれない。
「そうかな?男は封印されたとしても、魔王が今までずっとおとなしく封印されたままとは限らないんじゃないか?魔王の強大な魔力で封印を解き、とっくに抜け出しているのかも」
針井探偵はそううそぶいた。
「別にこの世を征服しようとしなければ勇者に見つからず退治されないんだから、ひっそりとこの世で面白おかしく生活していてもおかしくない。」
魔王が悪事をしなくていったい何をしているというんだ?
「まあ、魔王は悪事が好きだから、悪事が発生する場所に近い職業かな?」
それは探偵稼業とかなのかな?
針井探偵はそれには答えず不思議な笑みを浮かべるだけであった。そういえば針井探偵の周囲には常に絶え間なく陰惨な事件が起こっている。まさかね。
「そういえば記録係の私はこの事件の記録にどんなタイトルをつければいいかな?」
「切るのがノロいノコギリが失敗の原因だったのだから、
【針井(他)と ノロいノコ】(ハリーポッターと呪いの子)というのはどうだろう」
また駄洒落かよ。
 今でも魔王は封印され続けているのか、それともこの封印の中身は空なのか、開けてみるまではわからない。魔王と共に不封印された彼の白い飼い猫は生きているのか死んでいるのか、それとも魔王と一緒に抜け出したのか。封印が説かれるまでの長い時間、猫は重ね合わせの状態で眠り続けているのだろうか。


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