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206. ムジナ(怪談) 20170911

ムジナ(怪談)

 インターネットの片隅に雑文というジャンルがある。というかあった。これは雑文庵というサイトに端を発した方向性が似ているサイト群というほどの意味である。雑文庵というサイトはもうないし、適当なことを書くのである。どうせ誰も読んでないし。雑文の構成要素としては自虐があって、その反対側には駄洒落とオチがあり、真ん中に阪神タイガースとトンカツへの偏愛があり、それに添ってとりあえず笑わせようという意思がある。愛すべきサイト達であった。と思う。それが失敗しても成功したとしても結局のところ文章だけのサイトは非常に寂しかった。ために雑文は忘れ去られその後盛り上がったテキストサイトも忘れ去られブログも下火になり、インターネットは主に実生活における知り合いのつながりを補強するものとなった。よく分らないダジャレを読むよりはツイート大喜利したりインスタ映えするほうが楽しいものである。とはいえ、雑文サイトを更新する者は年単位で数本という細々とした更新をひっそりと行うだけで、物好きにも雑文サイトに近寄る人も少なくなってしまった。どうしてこんなにも下火になってしまったのだろうか。

 これは皆、雑文サイト周辺にて出現したムジナのためである。

 ムジナを見た最後の人は、約三十年前に死んだ関東地方の年とった会社員であった。当人の語った話というのはこうである、――

 この会社員がある晩おそく雑文サイトを発見して過去にさかのぼって読み進んでいくと、隠しリンクにつながるページを発見した。ブラウザクラッシャーではないかと心配して、会社員はクリックをためらい、結局はクリックした。つながったページには、 【本当に読みますか?】 とだけ書かれたページがあった。新たなページが現われるたびに表示されるボタンを繰り返しクリックする。【本気ですか?】 【後悔しますよ】 【マジですか?】、【あなたは10000万人目の訪問者です】 【キリ番踏み逃げ禁止】 等が次々を表示された。サイトのデザインは原始的でかろうじてCSSは使用されているものの色使いは原色がメインのなんとなく品がなかった。それでも会社員はめげずにクリックし続けた。なぜならば会社員は暇で物好きでお調子者であったからだ。【そうですか、しかたありません、ではお読みください】 とかかれたボタンをクリックすると、……すると新しいページが表示され、雑文が表示された。導入部のつかみに引き込まれ、ギャグにクスリと笑い、続きを読もうとスクロールしてみる―論理のひねりに感心し、くすくす笑いながら―ふと気がつくと、このページにはタイトルがない。今読んだところを確認しようとページを逆にスクロールしてみると本文もない――導入の駄洒落もオチもない。読みふけっているつもりだったのに、空白のページが表示されている。きゃッと声をあげて会社員はブラウザを閉じようとした。

 ウインドウのクローズボタンがない。それどころかウインドウの枠すらなく、画面の中はすべて真暗で何もない空虚であった。CTRL−ALT−Delも効かない。パソコン本体はCPUに負荷がかかっているのかファンの最大回転数の風切り音が響いている。怖くなってノートパソコンを放りだし、隣の部屋に逃げ出す。振り返ってみる勇気もなくて、スマホを取り出し「ああ、怖わ」とツイートする。フォロワーからリプライがつく。『これ、どうしたんですか? 何かあったんですか?』

『いや、――何かあったのではない』と慌ててフリック入力する。『ただ……ああ!――ああ!』……

『――ただおどかされたのか?』とすげないリプライ。

『私は見たのだ……雑文を、テキストを――さびれたサイトで――そのサイトで読んでいたはずなのに……ああ! 何を読んだ、そりゃ云えない』……

『へえ! その読んだものはこんなものだったかい?』フォロワーはリプライした。――それと共に、すべてのタイムラインのテキストはスマフォの画面に表示されてはいないことに気がついた。手元のスマホはただ液晶画面が白く光っているだけだった……そしてゆっくりとバックライトの明かりが消えると部屋の灯りも消えてしまう。

そう、これが「無字な(ムジナ)」のしわざであった。

【参考】
「貉(むじな)」
小泉八雲、訳:戸川明三訳
http://www.aozora.gr.jp/cards/000258/files/42928_15332.html

<終わり>


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