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204. 走れ赤頭巾 20170106

2016年10月27日のツイートを再構成

赤ずきんちゃんは激怒した。必ず、かの邪智暴虐のおばあさまを除かなければならぬと決意した。赤ずきんちゃんには老いがわからぬ。赤ずきんちゃんは村の幼女である。笛を吹き野ウサギと遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。

歩いているうちに赤ずきんちゃんは森の様子を怪しく思った。なんだか森全体が、やけに寂しい。のんきな赤ずきんちゃんも、だんだん不安になって来た。茂みで若いリスをつかまえて、何かあったのか、二年まえに此の森に来たときは、夜でも小鳥が歌をうたって、森は賑やかであった筈はずだが、と質問した

リスは、首を振って答えなかった。しばらく歩いて熊に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。熊は答えなかった。かすかな声で

「おじょうさん、お逃げなさい」

と囁いた。赤ずきんちゃんは両手で熊のからだをゆすぶって質問を重ねた。老熊は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。

「おばあさまは、人を殺します」

聞いて、赤ずきんちゃんは激怒した。

「呆れたババアだ。生かして置けぬ」

赤ずきんちゃんは、単純な女子であった。おつかいの荷物を抱えたままで、のそのそおばあさまの家にはいって行った。たちまち赤ずきんちゃんは捕縛された。調べられて懐中からは短剣が出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。赤ずきんちゃんは、おばあさまの前に引き出された。

「この短刀で何をするつもりであったか。言いなさい」

おばあさまは静かに、けれども威厳を以て問いつめた。 「お届け物の林檎の皮をむくのだ」とあかずきんちゃんは悪びれずに答えた。

「おまえがか?」

おばあさまは、憫笑した。

「仕方の無いやつじゃ。まずNHKのひとりでできるもんを視聴するべきであろう」

「言うな!」

とあかずきんちゃんは、いきり立って反駁した。

「受信料を払うまでもなく森の中はデジタル放送視聴困難区域だ」

「疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、おまえたちだ。人の心は、あてにならない。電波が届かなくてもインターネットで視聴できるはず。人間は、もともと私慾のかたまりさ。信じては、ならぬ」

暴君は落着いて呟き、ほっと溜息をついた。

「わたしだって、まいちゃんの復活を望んでいるのだが」

「おばあさまの耳はどうしてそんなに大きいの?」

唐突に赤ずきんちゃんが問うた。

「だまれ、下賤の者」おばあさまは、さっと顔を挙げて報いた。

「耳について答えれば次は目、その次は口。幼児の質問は答えても答えてもきりがない。各パーツがでかくて悪かったな。逆に各パーツに対して小顔と言えぬか!いまに、ワシに喰われそうになって泣いて詫びたって聞かぬぞ」

「処刑までに三日間の日限を与えて下さい。たった一人の弟に亭主を持たせてやりたいのです。三日のうちに、私は村で結婚式を挙げさせ、必ず、ここへ帰って来ます」

「ばかな」

とおばあさまは嗄れた声で低く笑った。

「とんでもない嘘を言うわい。弟に亭主だと。同性同士の結婚を国が認めるとでもいうのか」

「そうです。区役所戸籍係に婚姻届を受理させるのです」

赤ずきんちゃんは必死で言い張った。

「私の代わりにこの森には女猟師がいます。私がここに帰って来なかったら、あの友人を絞め殺して下さい。たのむ、そうして下さい」

女猟師が連れてこられた。彼女の顔は白く、目も耳も口も小さかったが眼光だけは鋭かった。女猟師は無言でうなずき、赤ずきんちゃんををひしと抱きしめた。友と友の間は、それでよかった。女猟師は、縄打たれた。

村に戻った赤ずきんちゃんは弟とその彼氏の祝言を挙げさせた。二人並んだウエディングドレス姿に赤ずきんちゃんは涙した。

早朝、赤ずきんちゃんは村を出発した。ああ、なんということでしょう。昨日の雨で川が氾濫し橋が流されているではありませんか。赤ずきんちゃんはためらわずに川に飛び込みました。力強いクロールです。激流にもまれ力尽きそうになりながらもなんとか赤ずきんちゃんは対岸にたどり着きました。

赤ずきんちゃんは起き上がり、ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前に一匹狼の群れが躍り出た。

「待て」

「何をするのだ。私は陽の沈まぬうちにおばあさまの家に行かなければならぬ。放せ」

「どっこい放さぬ。持ちもの全部を置いて行け。」

「私にはいのちの他には何も無い。その、たった一つの命も、これからおばあさまにくれてやるのだ」

「その、いのちが欲しいのだ」

「さては、私を食べるつもりだな(性的な意味で)」

一匹狼たちは、ものも言わず一斉に牙をむき出し喉に食いつこうとした。あかずきんちゃんはひょいと、からだを折り曲げ、飛鳥の如く身近かの一人に襲いかかり、短刀でその腹を切り裂いた。

「気の毒だが正義のためだ!(性器のためでもある)」

一匹残らず一匹狼達は腹を裂かれ大地に横たわった。あかずきんちゃんは狼たちのはらわたの代わりに石をたっぷりと詰め込み糸と針で縫い合わせた。

「こんなこともあろうかと旅行用携帯ソーイングセットを準備しておいてよかった。狼たちもこれでもう悪さはできまい」

赤ずきんちゃんは一気に峠を駈け降りたが、流石に疲労していた。折から午後の灼熱の太陽がまともに、かっと照って来て、赤ずきんちゃんは幾度となく眩暈を感じ、これではならぬ、と気を取り直しては、よろよろ二、三歩あるいて、ついに、がくりと膝を折った。立ち上る事が出来ぬのだ。天を仰いで、くやし泣きに泣き出した。暑いのに赤ずきんをかぶっているから熱射病にかかりやすいなどとは本人は気がつかない。幼女だから仕方がない。

もう、どうでもいいという、幼女っぽい不貞腐れた根性が、心の隅に巣喰った。私は、これほど努力したのだ。約束を破る心は、みじんも無かった。女猟師よ、ゆるしてくれ。君は、いつでも鉛の散弾と同じくらい私を信じた。私も君を、この赤いずきんに誓って欺くことはなかった。私たちは、本当に佳い友と友であったのだ。私は走ったのだ。君を欺くつもりは、みじんも無かった。信じてくれ!ああ、何もかも、ばかばかしい。私は、醜い裏切り者だ。どうとも、勝手にするがよい。やんぬる哉。――四肢を投げ出して、うとうと、まどろんでしまった。

ふと耳に、水の流れる音が聞えた。そっと頭巾をもたげ、息を呑んで耳をすました。よろよろ起き上って、見ると、岩の裂目から滾々と、何か小さく囁きながら清水が湧き出ているのである。その泉に吸い込まれるように赤ずきんちゃんは身をかがめた。水を両手で掬って、一くち飲んだ。ほうと長い溜息が出て、夢から覚めたような気がした。歩ける。行こう。肉体の疲労恢復と共に、わずかながら希望が生れた。岩の裂目から清水か湧き出るとは性の目覚めの暗喩であろうか。

「どうしよう! どうしよう! ちこくしちゃうぞ!」懐中時計を片手に持ったウサギが走って行くのが見えた。赤ずきんちゃんも起き上がり走りはじめた。三月ウサギを追いかけるアリスを跳ね飛ばし赤い風のように走った。野原で三月ウサギのお茶会のまっただ中を駈け抜け、帽子屋と眠りネズミを仰天させ、チェシャ猫を蹴とばしハンプティダンプティを踏み潰し、ハートの女王を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。急げ、赤ずきんちゃん。おくれてはならぬ。ジャバウォッキーには見つかるな。風態なんかは、どうでもいい。赤ずきんちゃんは、いまは、ほとんど全裸体であった。呼吸も出来ず、二度、三度、口から血が噴き出て身体を赤く染めた。彼女は裸体であったが身体を赤く染めた血で赤ずきんをかぶっているようでもあった。はるか向うに小さく、おばあさまの家が見える。家の煙突は夕陽を受けてきらきら光っている。

「女猟師よ」

赤ずきんちゃんは眼に涙を浮べて言った。

「私を殴れ。ちから一ぱいに頬を殴れ。私は、途中で一度、悪い夢を見た。君がもし私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえ無いのだ」

「赤ずきん、私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ。私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。生れて、はじめて君を疑った。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない」

「ありがとう、友よ」

二人同時に言い、ひしと抱き合い、それから嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。

おばあさまは、群衆の背後から二人の様を、まじまじと見つめていたが、やがて静かに二人に近づき、顔をあからめて、こう言った。

「おまえらの望みは叶ったぞ。おまえらは、わらわの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、わらわをも仲間に入れてくれまいか」

ひとりの少女が緋のマントを赤ずきんちゃんに捧げた。赤ずきんちゃんはまごついた。佳き友は気をきかせて教えてやった。

「赤ずきん、君はまっ裸じゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、赤ずきんの裸体を皆に見られるのがたまらなく口惜しいのだ」

赤ずきんちゃんはひどく赤面した。

---(終)---


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