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194. 須臾ビルディングの終焉 20160606

 

須臾ビルディングこそが地表に住む我々に対する格差の象徴だとする過激派がビルの土台を爆破に成功する。軌道エレベータよりも長く伸びていた須臾ビルディングは地表に崩れ落ちることはなく、遠心力でゆっくりと虚空に向かって上昇していく。  

須臾ビルディングの建設目的である直線加速器が突如として稼働を始める。十分に長い距離にて採取される虚空によって加速された真空は粒子となり地下からと上空から中心に向かい更に加速され衝突する。衝突した二つの真空粒子は素粒子を無限に生み出し始める。  

須臾ビルディング内の通路の複雑性が単位容積あたりに許容される複雑性の範囲を超えたため、通路自体が知性を持ち始める。通路を行き交う人間や資材があたかも脳神経で発火するシナプスのように通路の自我を構成する。通路を歩く人間は自分が通路の思考の一部であることは理解できず、自分の意思で歩いていると信じている。  

須臾ビルディングの中央部に設置された可能性拡大装置は厳重に封印され、中に封入されたγ線発生装置と猫の生死については誰からも観察されない。観察されない限り装置の中は確定されない可能性で満たされている。未確定の状態は不安定なビルディングの倒壊する可能性と倒壊しない可能性を吸収し未確定度は増大していく。ついには未確定の可能性が装置の外に浸みだしてくる。ビルディング内にはすべての可能性が共存し、何でも起こる、何も起こらない可能性が同時並行に発生する。  

須臾ビルディングが消失した後も、ビルディングが存続している可能性は残り、あらゆる可能性が残る可能性も残った。そこではビルディングは無限に倒壊を続け同時に上昇し、そして同時にそこに存在しない。さらに最初から存在しなかった可能性さえあると伝えられている。


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