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186 シェイクスピア 3x10の36695乗 20141115


 

シェイクスピア 3x10の36695乗 

 猿にタイプライターをランダムに打たせ、十分に長い時間を与えると、理論的にはいつかはシャークスピアのハムレットがタイプされる。

 猿にタイプライターを打たせ、シェイクスピアの「ハムレッ卜」に1度の試行で大文字小文字、句読点、スペースまで完壁に一致させるには猿を10の360783匹用意する必要がある。 36878さるはなやみ(猿は悩み)と覚えよう。

 なお測定可能な範囲の宇宙に存在する粒子数は 10の80個と言われているので粒子一個につきタイプライターを一台与えてランダムにタイプさせたとして宇宙を 10の360703個用意する必要がある。 360703みろおーなーおっさん(見ろオーナーおっさん)と覚えよう。

 ランダムな文字列から意味あるデータを引き出そうとすると宇宙を10360703個用意するか、 10360703秒を作業にあてるかという非現実的なスケールの作業が必要となる。

 さて最大の自然数nは5x1079であったことから、面倒くさいのでパッサリ概算すると10360000個の最大の自然数が必要となる。最大の自然数を最大の自然数個以上を準備することになる。こんなことは不自然である。

 自然に触れ合うことが難しくなったので、かれは都会に出ていくことになった。木綿のハンカチーフである。灰色のコンクリートの街でビルに固まれた狭い青空を見上げながら最大の自然数nは、もはや自然ではなくなり、いつしか酒と薬物におぼれ不自然にやせ細っていったのであった。誰よりも大きいことが自慢だった身体も 2や 3かと見誤るくらいに減り、あれじゃいつかは最小の自然数にまで小さくなるに違いないよと噂されていた。  ある日田舎から彼を訪れて二人がやってきた。最大の偶数 2mと最大の奇数 2m−1で あった。彼女ら二人はよく似ているようでもあり、同時に全く別人のようでもあった。田舎にいた時にはnと2mと2m−1の三人の内どちらが大きいか背比べしたものであったが、物差しを変えるたびに誰が大きいのかそれとも同じ大きさな のか結論が変わってしまったものであった。

 2mと2m−1は変わり果てたnの姿に悲しみ、すさんでしまったnが話もしようとしないことを嘆き、二人は抱き合って泣いた。抱き合った姿は 4m−1となり、その姿はnによく似ていたという。

 nは邪険に彼女らを田舎に追い返したものの、酒におぼれることをやめた。彼なりに、なにか感じるものがあったのだろうか。それからしばらくして、街からnの姿が消えた。街の仲間は、nの野郎は数列が発散して数密度がゼロになって消えてしまったに遣いないとか、いつも飲んだくれていた水割りの代わりにゼロで割ってしまい不定になったのだろうとか噂した。

 彼が姿を消してから10360703秒が経過した。一年は60x60x24x365=31536000秒であるから3x1036695年である。宇宙の寿命が 1033年であるから宇宙がピックゃパンから熱的死を3x1036632回ほど繰り返したことになる。

 nは故郷に帰ってきた。それは元の宇宙ではなく自然数論も繰り返し発展し忘れ去られ何度も何度も生まれ変わったためn自身も元の姿が思い出せないほど奇妙な形に発展した数論となっていた。そういうわけでnの姿を見た他の数たちも当然、nが何者であるのか判別がつかなかった。

 ちなみに判別式はd= b−4acではあるのだが判別式の結果如何によっては、解は自然数どころか無理数や場合によっては虚数解が導きだされるため、自然数の村においては判別式の使用は固く禁じられていた。 

 nは田舎の片隅の川のほとりに小屋を建て長く一人で暮らしていた。nの小屋の前を通ると中からはタイプライターの音が聞こえてきたという。

 ある日、小屋の近くを通りかかった村人が小屋の中からnではない女性の声を聴いたという。女性の声は複数のように思われ、nと一緒に劇の台詞の練習をしているようだなと感じた。

「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」

 気になった村人が翌日小屋を訪れてみると、もう小屋の中には誰もおらず、部屋のテープルの上には一冊の戯曲が残されていたという。

(終)


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