12
……常識というやつは計算機のようなものだ。絶対に間違えないが、彼の数えている数はいつも他人の数だ……
「もう嫌だ!」
どういうふうに話が始まったのか、どうにもこうにも思い出せないが、バーのカウンターで隣に座ったのが発端なのであろう。このように出会いの切っ掛けというものはいいつも偶然である。
どうでもいい話をどうでもいいように繋いでいるうちに、いきなり12はこう叫んだ。落ち着いて座るようにうながし話を聞いた。
「なんだか君に話を聞いてもらいたいんだ」
12はわたしの顔を見つめる。いくら眺められても私の顔の胡散臭さは変わらないだろうに
「でも秘密は守ってくれないと困る」
「どんな秘密かによるね」
12は上から下までもったいぶって私を眺める。
「よし、君を信用しよう。そうだな、どこから話そうか」
「どこからでも話やすいところからでいいんじゃないかな」
12がどこから話そうか迷っている間に水割りを注文する。
グラスに口をつけている12の顔を見ているうちに思い出した。自然数コンツェルンの御曹司だ。 12は身の上話をぽつぽつと始める。
12は会社の跡継ぎとして生まれたが母親は正妻ではなく1とも2とも3とも4とも6とも言われているが正確なところは知られていない。12は3×4であり、自然数の順番通りになるのが自然だと考えると実母は3か4であろうと噂されていた。このことを最初に発見したのは12自身であったと言われているが、その考えを聞かされた乳母は12のあまりの利発さに
12=1!×2!×3!
と驚いたと言われている。12の兄弟達がややもすれば数直線上の線分で満足しがちであったのに対し、12自身は幼少の頃から円を均等に分割したり、一日を均等に割ったり、一年を分割したり才能を発揮した。その生まれ持った才能により事物を丸く収め円滑に物事を納めることを得意とした。
周囲からはその資質をほめそやされていたが、12自身の内心は違っていた。12は回りのものを円滑に分割し整理することには才能を発揮したが、12自身は自分が完全ではないことを知っていた。例えば6はその約数1と2と3をすべて加え合わせれば元の数字6となる完全数である。同様に28であれば約数1と2と4と7と14をすべて加え合わせると28に戻る。彼ら完全数のように12は周りからもてはやされているのであるが、実のところ12の約数は1と2と3と4と6であり加え合わせると12ではなく16となる。つまり周囲は12に対して完全であれと期待しているが、そのためには12を超えた16の能力が要求されているということになる。いつしか12は自分の背後に潜む16の影におびえつつ、周囲に対しては完全なる円を支配する12として振る舞うことの矛盾に悩みはじめた。
コンツェルンの後継者としてはもっぱら12だと噂されていたが、自然数コンツェルンの子供は12だけではなかった。兄の11と弟の13は12と異なり約数を持たない孤独な子供達だった。彼らは研究の道に進むのではないかと思われていたが、11や13を担ぎ出そうとするコンツェルン内の派閥の怪しい動きもあるやのように噂されている。約数がやたら多い12と素数の11、13らは話は合わなかった。口数が少ない彼らは約束された地位を脅かすのではないかと12はひそかに恐れていた。
11はある日ふいに姿を消した。兄弟であるからもちろん12は心配したが、ある意味ほっとしている自分に気がつく。兄弟が消えて安心してしまった自分に心の黒い部分を忘れようとするあまり、またいつかひょっこりと11が姿を現し、12の地位を脅かすことになるのではないか、という心配を自分がしてしまうのではないかという心配に怯えるようになった。
13は姿を消すことがなかった。13は周りからは不吉な数字だと陰口を叩かれていたが、本人は気にすることなく12の近くで生活を続けていた。11と対するのと同様の13に対する12の過剰な心配は13が12のそばにいるだけで12の内面を削っていった。あいかわらず周囲は12を完全な円であるともてはやしている一方、12の内面は削られていき、12は次第に中空の円に近づいて行った。 中身が極限まで削られた12は自分がシャボン玉のようだと思うことがあった。いつの日か表面張力の限界まで達すると自分はパチンとはじけるのだ。
そしてその時には自分が含む約数1、2、3、4、6が中から飛び出し、約数から再構成された16があたかも自分が昔から12であったかのように振る舞うであろう。そして12自身は完璧を求められる地位から解放され、本当のあるべき場所に導かれるのだ。
「私は精神分析医ではないのだが」
12はそれが?という顔をしてこちらを見る。
「君はどこに逃げようと12である運命からは逃げられない。周りから期待されているプレッシャーはわかるが、その期待に応えるか、応えないかは12自身が決めることで、破滅の時を待つだけというのはよろしくないのではないかな」
「では私はどうすればよいのだ」
「それは自分で決める事だ。逃げるにしろ踏みとどまるにしろ」
「12の生き方、やり方は12自身で決めろということか。どうしてそんなに親身になってくれるんだ」
「私の仕事は探偵だからね」
「それがどうしたのか」
「いわゆる事件屋家業だから12のことは放っておけない。よく言うじゃないか、”Twelve is my business"と」
「なんだって?」
沈黙のあと、二人顔を見合わせて笑った。それからしばらく呑みながら、どうでもいい話を交わし、そして12はコンツェルンに帰って行った。帰り際に「さよなら」と言った姿がなぜか寂しげであった。
そのあとの話はみなさんご存じのとおりである。大変な騒ぎのあとコンツェルンは崩壊し、12とその兄弟は皆行方不明となった。12がここを訪れたと聞きつけた警官がやってきて、やれこの部屋に約数2の痕跡があるのは12がここに来た証拠だとか、6と3をかけたら12になるのではないかと妙な計算をして私を尋問した。証拠もないので私は釈放されたが、これからも警官は折に触れ暗算して私と12を結び付けようとするに違いない。
計算に別れを言う方法はまだ発見されていない。