一覧  トップ


173. 11(素数嫌曲:そすうやきょく) 20141029


 

11

 11は自分自身が素数であることについては、何かの間違いでないのかとずっと疑っていた。

 隣にいる12は素数ではないし、反対側の10も更に向こうの9も素数ではない。それに加えて、自分は二つの1でできているが、1は素数ではないという数学的事実こそが、自分が素数などであるはずがな証拠だと思っていた。暇をみつけては2からはじめて順番に自分を割ってみるものの、なぜか素数と言う結果しか出ず11には割り切れない思いが残った。

 自然数占いのにおいては、素数の貴方は他の人に交わらずマイペースを貫くが周りからはわがままとも思われている。整理整頓が苦手などと、血液型占いB型のような扱いも不満だった。完全数とはいわなくてもせめて平凡な合成数だったらなあと思わずにいられなかった。

 ある日、鏡に映った自分の姿を見た時に、ふと思った。11は1が鏡に映った虚像と実体を合わせ持った姿なのではないかと。自分の姿の半分は虚像であるというのは信じがたいとこではあったが、間違った考えであるという確信も持てない。それに11自身が直接1の姿を見たことがないというのがこの考えを補強した。

 鏡から出てきた妄想に取りつかれてからというもの11は自己紹介の時には前半をもごもごとつぶやき後半だけやけにはっきりと言うようになった。

「じ……ゅ……う……いちです」

 白馬に跨った王子がファンファーレと共に天から舞い降り腰に下げたサーベルを振りかぶり11の文字を縦方向に半分に分割してくれないものか。11がいくら待っていても、身体の正中線に切り取り線が浮き上がりその線に沿ってひび割れが徐々に発生し皮膚が音をはじけて裂ける気配もないし、白衣を着た科学者が私の身体を実験台にしてダブルの身体にしてしまった事を詫び、分割システムメカに入って元通りの身体にするよう申し出てくることも起こりそうにない。

 そもそも自分の身体を構成している1と1は素数ではないのに、合成された11が素数であることが納得いかない。確かに1を素数としてしまうと他の全ての自然数は約数として素数1を含むことになり、数知れぬ自然数の中で素数は1だけということになってしまう。1が素数でないというのは1の性質というよりは自然数システムの都合によりむりやりそうなってしまったという意味合いが大きいのだが11はやはり納得がいかない。

 2プラス9であれば2が素数であり、3プラス8であれば3が、4プラス7であれば7が、5プラス6であれば5がという風に、確かに11を構成するものの半分は素数であるが、逆に言えば半分は非素数である。しかも1プラス10であれば両方とも素数ではない。なぜ11が独善的で他の数字に協力的でなくわがままと笑われる素数でなければいけないのか。

 素数であることに思いつめた11は線路に身を投げることに決めた。

 プラットホームから二三歩ステップを踏んで黄色い線を踏み切る。視覚障害者用の黄色いブロックにつま先をわずかに引っかけ、11はバランスを崩す。空中の11は複雑な回転モーメントを与えられたまま空中に投げ出される。11の上を轟音を立てながら特急列車が通過していく。電車が遠ざかる音が、線路の長い鉄の塊を通って11の耳に響いてくる。11はまだ生きていると思うと同時に強い喜びが体の底から湧きあがってきたのを押さえきれないでいた。駅員に抱き起されながら11はこの感覚はなんだったのだろうかと考えていた。

 実のところ、電車の車輪は確実に11の上を通過していたのだが、つまずいて回転したため11の身体は線路と平行の形で横たわっていた。そのため車輪は11の1と1の間をすり抜けてしまい、11の身体は無事だったのだ。しかしながら11が線路||と平行になり|1|1の形となった瞬間、11は1111となった1111=3×37であり、11は期せずして生まれて初めて素数ではないものとなった。さらに車輪Iが通過するときには|1|I1となり11111=41×271となり約数をもつ数字となった。両輪を考えると|I1|I1となり111111=11×111×91となる。

 この時の素数からの解放感が11が感じた喜びの正体であった。しかし11自身はその正体がわからず、電車が通過するときの危機感によるものであると誤解してしまった。そのため11は次々と危険な場所に行くようになってしまった。  比較的成功したのは増水した川に身投げした時である。川の流れにのまれて11は11111(=41×271)である至福の時間は、岸に打ち上げられるまで続いた。

 次々に強い刺激を求め続け、11はついに断崖絶壁から飛び降りることにした。長い長い落下の時、11の体のそばには風が巻き起こり、海面に達するまで ↓11↓ (1111=11×101)となっていた。飛び込んだ海中では渦(69)に巻き込まれ6119=29×211、9116=4×43×53と11は目まぐるしく素数である運命から逃れ、海流が変わるたびに11は61191、9116と次々と新しい約数を持つ自分になることが出来た。幸福感に包まれた11は微笑みながら海中深く沈んでいった。

 それ以降、素数でない11を見かけたものはいないと言われている。
 


     一覧  トップ