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171.2,3,4,5,6 20141028


 

 この宇宙の壱に引き続き零が出現したということは、すなわち壱と零の二種類の数字が現出したということであり、インド人も予想していなかったことだが、いつの間にか2が出現していた。

 壱も零も自らが2を生み出したことに気がつかなかったため、2はネグレクトされ愛情に飢えた子どもとして育った。同じ偶数であることから零が自分の母親ではないかと疑っていたが、3つの数字のうち2だけが唯一の素数であり、零も壱も自分とは血のつながりはなく、きっと橋の下から拾われてきたのかもしれないとも思っていた。

 そのため2は両手を打ち鳴らしてこの音は左右のいずれの手のひらから出て来たものかなどという答えのない不条理な問いを相手かまわず投げつけ、相手を困らせた。 それでも成長するにつれ2の身体は丸みを帯び女性らしくなっていった。自らの出自をコンプレックスに感じていたことに由来する憂いを帯びた表情に男たちは惹かれ2を自分のものにしようとしたが、隻手の音声の問いかけに皆答える事が出来ず去って行ったのであった。

「ふん、きっとあの素数は偶数に違いない」

 2は誰にも知られぬうちに子供を宿した。人に問われても決して父親の名を明かそうとはしなかったし、そもそも父親がいるのかどうかも不明であった。時は満ち2は赤ん坊を生んだが、別の見方をすれば2が2つに分かれて壱が2つになったとも言える。

 元から存在していた壱と合わせて壱は3つとなり世界は零と3で満たされ独善的な壱と不幸な2の姿を再び見る者はいなかったとされる。

 

 三つの1であるべきか、一つの3であるべきか、それが問題だ。己自身に対するこの問いに3は答えを出すことができず結局のところ3はアイデンティティの統合に失敗した。3は三つの人格に分裂し、すなわち独善的で排他的な壱が一つの身体に共存することになったので、常に喧嘩が絶えなかった。それぞれの壱は譲ることを知らず、また自分によく似た他の人格についてはその欠点が他人よりも鼻につき、そして離れたくても決して離れることができなかったので三人の喧嘩は激しさを増すばかりであった。こんな時でも零は特に何もせず彼らを見守るばかりであった。

 ある日、いまとなってはどのようなきっかけであったのかすらわからないのだが、一人の壱の怒りはおさまらず、ということは同じ人格なので他の二人の怒りもおさまらず、お互い袂を分かとうということになった。同じ人格なので止める者もおらず、また零も暖かく見守るだけであった。

 一人でしばらく歩いていると残された二人の壱がこちらを見送っているのが見えた。夕日の逆光で二人の表情はよくわからなかったが、二人の壱の姿はオレンジ色の光の中一つに重なって見え、そこには今はもういない母である2の面影が見えたような気がした。零は暖かく見守るだけであった。

 さてどこへ行くかな。

「西の方はいかがでしょうか?」

いつの間にか零がついてきている。

「なんだお前、何もしないくせに別についてこなくてもいいんだぞ」

「そういう訳にはいきません。壱のあるところ必ず零があると決まっております。それにあなた様を見ていると、先代の壱様を思い出して危なっかしくて放っておけません。

「西には何かあるのか?」

「特にあてがあるというわけではございませんが、西の方には私どもがまだ見ぬ4というものがあるやのようにきいておいります」

壱は風が吹いてくる方に顔を向けた。

「面白そうだな」

彼らは歩きはじめる。

 4の国に到達した一行はその途端に死んだ。死の国だからである。

 故郷に残された二人の壱はそのようなことも知らず、自分の分身の壱が返ってくるのを待っていた。焚火の周りで夜通し待っていた二人の壱は明け方お互いの肩にもたれあってうとうとしている時に融合し、再び弐と化した。

 弐は前世とは異なり、自分以外の数字がいない世界に満足し、変化のない時代が長い長い間続くのであった。

 2と4による長い長い平和の時代は5の出現によって破られる。5の出自については諸説あるが、5は2と3の息子であるであるとか1と4の娘であるとか言われている。奇数であり素数であるため他の数字と親和性が低く、融和政策をとった2帝国とは真逆の政策をとり、周辺国に攻め込んでいった。彼が何故ここまで帝国の拡大に奔走したか、その理由は明らかではない。一説によれば彼の耳元に止まるな、GO! GO!GO!と囁く者が憑りついていたとも言われる。

 帝国の拡大の夢半ば旅先で倒れた5の後継者として6が出現する。先代と異なり6には禄でもない話しか伝わっていない。帝国は急激に崩壊し周辺国によって6が討伐されると共にこの世界も道連れに消えた。

 この世界には何も存在しなくなってしまった。何も存在しないということを示す記号だけが存在する。何も存在しないので零は自分が存在しないのでもいいのではないかとこっそりと考え始める。

 今はこの世界には何もなくなってしまって寂しくてしょうがないが、昔はそりゃあにぎやかだったもんよ。壱の旦那や弐の姉御は頑固だったが面倒見がよくて、3や5の若い衆と夜通しどんちゃん騒ぎをやったもんさ。それがどういうわけか気がついたらこのありさま、だあれもいなくなっちゃった。

 だれか上の方に居る偉い方を怒らせちゃったんだろうかねえ。あっしなんか居るのか居ないかよくわからない昼行燈とかよくからかわれたもんだけど、よくわからないからお怒りに触れるのを免れたのかねえ。ちゃんと覚えてないけどさ。しかし、自分が零だから自分自身でも居るのか居ないのかよくわからないんだよねえ。なんか寂しくってしょうがないや。上の人の機嫌が直って、もう一回やり直ししてくれないかねえ。賑やかだったころが懐かしいやなあ。
 


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