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162. 須臾ビルヂィング 8192F 20130504


 仮眠室の扉を開ける。

 とりあえず凍ったままの地面を歩くことにした。川の上に流れる水が流れるまま凍っており、海に向かって緩やかに傾斜している。バスを降りてその上に立つと身体はゆっくりと川下の方へ滑っていく。

 川を渡りきり川原にたどり着くと、川原の氷はゆっくりと大きく緩やかな波の形のまま凍っている。コブのようになった波の頭をスコップで砕くと氷と地面の間に流れている水が噴きだしてくる。

 ここ一帯の地面の上を氷が覆いつくしている。氷の一番端を持ってひょいと持ち上げると、一分の一スケールの地図が得られるような気がする。その巨大な地図を利用する用途が思いつかないのが残念だ。

 氷の上を歩いて山の方へ向かう。山の方には自分の家か仕事場のどちらかがあるはずだ。時折雲の切れ間から光が差すと、光りが当たった部分だけ氷が溶け、下から地表の水が噴出する。噴出した水は空中で凍り、雪となって地面に落ちる前に風で遠くへ舞い上がる。地面から舞い上がった雪が風で空高く舞い上がって上空で吹き溜まったものが月であるというお話を聞いたことがある。その話によると、上空で風が吹くたびにまた雪が吹き飛ばされたり吹き溜まったりするせいで月の満ち欠けがおきるそうだ。

 厚く黒い雲のせいで太陽の位置がよくわからない。こんな所を歩いている最中に日が暮れてしまってはどうしようもなくなる。白く雪が付着して場所が読めない停留所標識をいくつか過ぎ、角を曲がるといつも使っている停留所によく似た景色が現れた。バスがタイヤの半分を氷に埋もらせたまま停車している。開けっ放しのバス扉から乗り込み、一休みさせてもらう。いくらなんでも停留所のベンチでは凍えてしまう。

 一休みのつもりが、ついうとうとしてしまったようだ。目が覚めるとバスのエンジン音が聞こえる。ブザーの音と圧搾空気の音が聞こえるとバスが動き始める。タイヤが氷を割り進む音が聞こえるような気がした。窓ガラスの外は大吹雪で白い雪しか見えない。バスは進んでいるのか揺れているだけなのかやはりよくわからない。また睡魔に襲われ目を閉じる。


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