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155. 岸辺のアルバム 20130427


 水は絶え間なく押し寄せてくるが、あまりにもその速度が遅いため、水浸しの生活にも慣れてしまう。気温が低いせいか湿度もそれほど気にならない。ベッドで寝ると夜中に目が覚めて自分が水没していることに気がつくことが何回かあった。水を吸った掛布団は重く寝ぼけた頭では身体が動かない。敷布団は身体を包んだまま硬くなり私を捉えて離さない。水の中の遠くから響く音がそのまま寝ているように私を誘う。

 使えなくなった布団は始末に負えないので、敷いた形のまま沖に流すことにした。人が寝ている形を保ったまま潮に乗り、私の空白が流されていく。水母の寝床にでもなればよいが。

 布団がなくなったので、柱と柱に渡したハンモックで寝る。揺れる寝床の下には揺れる水面。いずれは水で腐った柱が倒壊し、ハンモックも使えなくなる。そのときは立って寝るか、水に漂いながら寝ることになるのだろうか。灯りを消してお休みなさいと言ってみる。おやすみなさいと返事が返ってきたのは同居人だろうか、水面だろうか。

 目が覚めるとバスの中。既にバス停に停車して一人きりの乗客が降りるのを待っている。エンジンは止めているようだ。バスは三分の一が水没しており、私はいつの間にか網棚に乗せられている。バスから降りるのも一苦労だが、プカプカ浮いている座席の背もたれにつかまってバス停に下りる。

 さて出社すべきか帰宅すべきかよくわからなくなってきたのでバス停に座席をつないでしばらく待ってみる。太陽は昇っていくのか沈んでいくのか、あいにくの曇天なのでよくわからない。バスは一向に発車する気配がない。


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