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154. 須臾ビルヂィング 2048F ガラス清掃 20130426


 平均的な高層ビルのフロアの高さが平均6mと言われているのでフェルミ推定すると、このフロアの高度は約12.2km。成層圏下部に達し対流圏を脱したとは言えまだまだ風が強い。

 このフロアくらいの高層階となると壁の向きにより相当の温度差が生じる。日が当たる方のガラスは紫外線を遮るために進化し茶色となり、透明であることをやめたついでに光合成をおこなっている。

 日の当たらない側の窓は常に凍結しており、窓の外は白い氷に阻まれて外が見えない。外壁にこびりついた氷は数メートルの厚さまで成長し、時にはガラス清掃ロボットを巻き込みながら剥落する。そこに氷壁があるからといいつつ氷壁を昇る完全装備の山男が出現することがあるが、山でもないのに昇る理由は誰にもわからない。

 壁の温度差を利用して発電が試みられている。発生した電気でガラスを暖め、外壁の氷を溶解させたところ大規模な氷の剥落が発生した。地上まで落ちたのか、空気抵抗により氷は崩壊し雪となって空中に舞ったのかについては、いまだに論争が続いている。地上の情報がここまで到達するのに数十年かかるため、最終的に結論がでるかどうかわからない。

 季節により氷の層は、厚みが数メートルにも達する。フロアに暖房が入る季節になると窓ガラスが室温に暖められ、窓ガラスに触れている外側の氷が溶けて水となる。氷の層と窓ガラスの間に挟まれた水の層にはどこからやって来たのか魚が泳ぎ甲殻類が動き回る。時々、氷山のクレパスに落ちた登山者が水中を浮いたり沈んだりしているのが見える事がある。フロアの中からはどうしようもないので、彼らのうつろな視線に耐えながら仕事を進めるしかない。そのまま再び凍りついたりしたら目も当てられないのでオフィスの暖房をがんがん効かせることになる。

 ビルの建築が際限なく続くため、最上階は遥か上空の雲を抜け偏西風、偏東風、コリオリの力に対抗するために季節によって変化する複雑な曲線を描きながら、空を横切って伸びていく。このビルのシェイプは一筆書きによる文字列であり、メッセージであるという説が忘れたころに繰り返し唱えられる。そのメッセージの発信者と受信者のどちらが我々なのか、いつも結論は出ない。我々は単なるペンの役割であり、書き手でも読み手でもない可能性もある。

 最上階が静止軌道三万五千七百八十六kmを越えると、このビルは軌道エレベータと言ってもよくなるが、それで工事が完成と聞いた人はいない。さらに高度が伸び続け、いずれはこのビルは宇宙空間に向かって自由落下することになるだろう。宇宙への自由落下に失敗して、地上に残されたビルの瓦礫を元に作られたのが今のこのビルという噂もあるが真偽は不明である。


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