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144. 須臾ビルヂング 1024F ベーカリー 20130416


 社長室からは朝から骨を砕くような音がしてうるさい。引っ越したばかりなのにこれでは仕事にならないや。

 ビルの伸長に伴い、会社は定期的に上の階に引っ越している。什器は置いたままなので社員の引越し作業は楽である。更に助かることには、パソコンおよびその中のデータ、書類等もそのままでよい。移住した先には、先住の会社のデータ、書類が残されているので、その業務をそのまま引き継ぐ。新しい電話番号、取引先をおぼえなおすのは結構大変である。

 こんにちは。白い服を着た少女がドアをあけて顔を覗かせる。オフィスのセキュリティをどうやって突破したのかこの少女は。

あれ、また変わったんだ。ぶどうパンを買いにきたんですけど。

ああ、今度の仕事はパン屋さんなのか。おじょうちゃん、ごめんね。まだ引っ越してきたばかりでぶどうもパンの小麦粉もないんだ。いまから注文するから明日にならないとできあがらないよ。

おかあさんが、これもっていけって。

コンビニの袋には干しぶどうと小麦粉とバターとイースト菌が入っていた。では、作ってみようか。

 はい、これも

 もう一つのポリ袋には、水とパン釜と薪が一束が入っていた。

 ええと、まず小麦粉と水を混ぜて練るのかな?

 おじさんちがうよ。少女は床に燃料をふりかけ、薪に火をつけフロアの四方八方に投げつける。

少女は私をみて言った。

 おじさんがつくるんじゃないよ、おまえがぶどうぽんになるんだよ!

 さて、火事と煙とその少女から私がどういうふうに逃げ出したか、それはまた別の話です。

 では別の話です。

 社長室からはあいかわらず骨を砕くような音が続いています。うるさくてしごとになりません。同僚は床に転がっている小麦粉を練って社長室の扉の隙間を目張りします。それでも低周波の騒音は漏れてくるので、社長室の通気口に如雨露を取り付け、さきほどの少女が持ってきた大量の水を注ぎ込みます。社長室の中が天井まで水で満たされたころ、ようやく音はやみました。

 しばらくしてから小麦粉の目張りをはずして扉を開きますと、なかから滝のような大量の水がながれだしてきました。フロアで燃え盛っている炎は消え、逃げ回っている私と追っかけている少女のようなものも流され、廊下の向こうに流されていってしまいました。

 壁には汚れた泥人形がかざられています。同僚が捨てようとしたら、ずぶ濡れの社長に怒られました。なにかの御神体なのだそうです。

 人形の身体が傾いているような気がしたので私が角度を直そうと御神体に触ると、私と泥人形は入れ替わり、これ捨てちゃっていいですかねと、同僚が上司に聞いているのが見える。うん、もう御神体ではなくなったから捨ててもいいよ。私は壁からとりはずされ、分別された上で燃えるごみ、資源ごみ、金属、透明プラスチック、着色プラスチック、生ごみ、生きているごみ、紙、プラスチックーコート紙、クレイコート、粗大ごみに分別し、曜日を守って廃棄してください。ビル管理会社からのお願いです。

 

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