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143. 須臾ビルヂング 512F 踊り場 20130415


512F

 眠いわ。

 結果を出しても評価が変わらないということがよくわかったので、仕事をする気にならない。必要最小限の作業をこなして、あとは時間が過ぎていくのを眺める日々が続く。カッターナイフで鉛筆を綺麗に尖らせる熟練工になったり、印刷仕損じのコピー用紙を選別してメモ帳を製本したりゴミ箱やコップ敷きを作ったり。消しゴムをカッターナイフで彫って印鑑を作成したり、インクが乾燥して書けなくなった万年筆を完全分解して徹底的に清掃したり、オフィスの端から端まで歩数換算で何歩とするのが適切であるかなど、それでもやるべきことは山ほどある。その山が昇るのに適切であるかについての判断は私の任ではなく、まだオフィスに私の机が存在する以上、会社も適切だと判断しているに違いない。こうして組織は静かに死んでいく。

 木材を黒檀で形成された長細い六角柱の片方を、肉眼レベルにおいて完全なる円錐形を作成することに飽きたので、机を離れる。

 オフィスフロアの天井が高いのは、社員が壁に向かって放心する冷気を支えるためである。

 廊下をさまよい、突き当りの階段を昇ってみる。何階かフロアを上ってみると社員食堂に出る。高くてまずいと評判のこの食堂は社員から敬遠され廃墟と化している。この階が最上階だと思っていたが、通路奥の扉を開けてみると更に昇りの階段があった。これまでのものと比較して急勾配になった階段を一階分を昇り、フロアの中央に設置されたラセンの非常階段を避けて設置された廊下に沿って、ぐるりと建物を半周する。

 そこに新たな階段が生えかけていた。濡れて水分を十分に含んだ柔らかく白っぽい階段の数十段上には非常扉が閉まっている。扉の隙間からは光が漏れている。階段に足首まで埋まりながら階段を。扉を引っ張ると鍵がかかっていない。錆付いた蝶番の音を響かせながら扉が開く。踊り場では階段がペアでダンスを踊っていた。ひょっとしたら夫婦なのかもしれない。産まれたての階段が泣き声をあげている。二人の邪魔をしないようにそっと通り過ぎながら、先へ進む。昼休みまでに帰ってこれるだろうか。

 

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