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140. 須臾ビルヂング 128F 監視室 20130412


 小さな白い立方体の部屋に無数のモニターが設置されている。それぞれのモニターにはそれぞれ違う部屋や通路や扉が映し出されている。白い部屋の白いモニターの中には白い部屋と白い机と白い椅子と白い通路と白い扉。動くものは見えない。モニターを見つめる監視員は白い服を着て白い部屋の中の白いモニターの中の白い部屋と白い机と白い椅子と白い通路と白い扉を監視している。

 実をいうと監視員は自分が監視している物がなにかということについてはよく知らされていない。白い部屋の中の白いモニターの中の白い部屋と白い机と白い椅子と白い通路と白い扉に不審なものが映し出されたら、手元の白いボタンを押すことが白いマニュアルに白いインクで記載されているということを知っているだけである。何を以って不審となすかについては、詳細にその基準が記載されていると聞いたはずであるが、なにしろ白いマニュアルに白いインクなので読み取れない。白いボタンも押されたことがない。白いボタンを押すと何が起こるのか知らされていない。

 いつ頃からか、白い人影が映っていることに気が付く。モニターに映し出された多数の白い壁や白い床や白い通路や白い扉や白い人影は監視している間は動かない。白いモニターを長い間凝視していると、この多数のモニターはいろいろな場所を一度に監視しているものではないことが判ってくる。一つの部屋を多数のモニターで監視している。

 モニターの中の白い人影が動いた事に初めて気がついたのは昨日。白い監視員はこれが不審な動きであるのか判断がつかず、白いボタンを押すことをためらう。

 モニターの中の白い人は立ち上がり扉を開けて通路に出る。白い監視員は白いボタンを押ししばらく待つ。何も起こらないのでそわそわし始める。白い椅子から立ち上がり白い扉を開けて通路に出てみる。見渡す限りの白い通路のどちらに進むべきかわからなかった。

 部屋に戻り白い椅子に座る。モニターの中では白い人が既に椅子に座って白いモニターを覗き込んでいる。モニターの中の白い人が右手を挙げる。しばらく考えて、モニターの中の白い人は、監視員自身の数分後の未来の姿であるのではないかと気がつき、右手を挙げてみる。

 監視しているはずが、実は監視されていたということがわかり、なぜか安堵する。自分自身の過去を監視するための記録がループとなり、一時的に発生した電子的虚像が自分なのだ。自分がどこからやってきたのか、自分が何者なのか、これほど完全に理解できた者はいないだろうということで、ちょっと得意げな気分になる。

 自分であるモニターの中の白い人がこちらを向く。モニターのなかの自分と視線が交差し、ハウリングを起こした視線がハレーションを起こす。光が広がりモニターがホワイトアウトする。モニター周辺から順に白い部屋と自分自身が白く発光しはじめる。自分の後ろの白い監視カメラに振り返らなければいけないような気がする。すべてがホワイトアウトしてしまう前に振り返ることができるだろうか。

 気をつけた方がいい。未来の自分を監視している時は、同時に過去の自分から凝視されているのだ。

 

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