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139.今は亡き小説家のためのパヴァーヌ 20130411


※本文には殊能将之のミステリに関する盛大なネタバレが含まれています。未読の方は御遠慮ください。
























 殊能将之は世間的にはミステリ作家である注1)。現在はインターネット上のmemo作家として我流筑前煮のレシピを筆頭とする創作料理の発表とテレビ番組の感想の発表に専念している注2)。小説書けよ。

 珍しいペンネームは、楚辞(http://kanbun.info/syubu02/soji00.html)からの引用であると言われているが注3)、この作家のひねくれた性格を考えると、極めて怪しいような気がする。だれか楚辞を確認してみたろうか?個人的には特”殊能”力の真ん中だけ、すなわち「”特”に”力”がない、「将之」=まさにこれが」という言葉遊びである可能性が高いと考える。

 彼は極めて批評的な作品を書くことで、批評的な読み手を引き付けてやまない。すなわち、
1)ジャンルをはみ出そうとする意思の存在(単なる天邪鬼なのかもしれない。)
2)縦横無尽な華麗なる引用の山(ただのこけおどしかもしれない。)
3)社会通念を無視した視線の存在(娘を亡くして悲しむ母親に順列組み合わせを列挙するクールさ(無神経さ)。
4)事実は逆から見ると全く違う様相を見せるというテーマを執拗に繰り返す。

 他に彼の作品の特徴としては5)アネゴ肌の登場人物が登場する(シスコン)というのがあるが、姉妹を持たない私にとってはどうでも良い。

 さて、彼の作品には一貫したテーマが隠れていることに気がついた。以下、作品順に説明しよう。

デビュー作「ハサミ男」(1999年、講談社) - 第13回メフィスト賞受賞作
 女子高生を連続殺害するシリアルキラーが、自分の犯行を真似た死体を発見する。しかたなく殺人犯人を探し出すことにする。
 本作のメイントリックの一つは叙述トリックである。まさかマスコミからハサミ男と呼ばれているシリアルキラーの凶器がハサミではないなんて!
 しかしまあ、ハサミ男が犯人に向かって言う台詞にはしびれたなあ。

第二作「美濃牛」(2000年、講談社)
 デビュー作の派手さとはうって変わって、横溝正史を思わせる重厚な本格ミステリで、読者を唸らせた。シリーズ探偵石動の初登場作品。シリーズ上、唯一彼が名探偵であった作品。
 このミステリのトリックの一つが、ある人物の入れ替わりなのだが、そのトリックを可能としたのが外科手術であった。即ち手術トリック

超問題作「黒い仏」(2001年、講談社)
 本格ミステリの完全否定。その推理が可能となったのは、実は超自然的な力が必要であった。即ち呪術トリック。でもって、推理小説枠組みからはみ出した部分には、主人公とその助手は関与しないというところが80年代に青春を過ごしたものの特長であるような気がする。

第四作「鏡の中は日曜日」(2001年、講談社)
 名探偵水城登場。螺旋型の屋敷の中央での殺人事件。いかにして犯人と被害者は部屋の間をすり抜けて中庭に行き、そして逃げ出したのか。螺旋型の部屋の連なり。そこにトリックが潜んでいた。中庭や台所などを除外して数えると、部屋の数は十一.即ち十一室トリック。しかしまあ、しびれるような純推理小説的動機。そして探偵は殺される/殺されない。いいねえ。

第五作「樒/榁」(2002年、講談社)
密室テーマ。殺人事件の舞台は温泉宿。即ちジャグジー・トリック

第六作「子どもの王様」(2003年、講談社)
 ミステリー叢書。あまりミステリーっぽくはないが、被害者は窓の外に放り投げられる。即ち射出トリック

第七作「キマイラの新しい城」(2004年、講談社)
 冒険活劇も書けるぞということで、六本木ヒルズで格闘。本作品はマイケル・ムアコックのヒロイックファンタジーを下敷きにしている。即ち叙事詩トリック

 以上を並べてみれば一目瞭然

ジョジュツ
シュジュツ
ジュジュツ
ジュウイッシツ
ジャグジー
シャシュツ
ジョジシ
すなわち、殊能将之の長編作品はすべて「統一した駄洒落」が隠しテーマであることが理解されたであろう。

 ここまでくればあとは単純である。何故次の作品を発表しないか。それは新しい駄洒落が思いつかないためである。

 ここで予言しよう。殊能将之の次の作品のテーマは除湿トリックであることは、ほぼ間違いない。

追記

PR誌に発表された短篇「キラキラコウモリ」は地方都市のショッピングモールぐらいしか楽しみがない若者たちの倦怠を描いた商品である。ここで扱われているのが一種の自殺である。すなわち、自殺トリック。ジサツ、ジシャツ、ジシュツ、ジュシュツ、ジョジュツ ばんざーい、ばんざーい。ずいぶん苦しい駄洒落である。そのせいか本短篇の切れ味はそれほど良くない。作者は初心を思い出し、真っ当な駄洒落を基本としたテーマに立ち戻るべきであろう。だから悪いことを言わないから、除湿をテーマとしたミステリを書きなさい。

 今思い至ったのだが、彼自身が小説を書くことを自粛しているという自粛トリックなのであろうか。そうであれば現実世界を巻き込んだと言える壮大な殊能将之のトリックに、読者である我々も巻き込まれていると言える。恐るべき中年。その名は殊能。

 頼むから小説書いてください注4)

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注1)この文章は2009年4月3日に書いて、あまりにもネタバレが激しいのでお蔵入りにしていたものです。殊能将之氏は2013年2月11日にお亡くなりになりました注5)
注2)その後、活躍の場をツイッターに移行した。
注3)中国戦国時代の楚地方に於いて謡われた詩の様式のこと。またはそれらを集めた詩集。楚辞を確認したところ、確かに「殊能将之」という文字列がありました。
注4)もうかなわない願いであるのが悲しい。
注5)エイプリルフールかもしれないというわずかな望みも消えようとしている。氏の新作はもう読めないという事実トリックなのか。

 

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