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138. 牛枕 20130410


山道を登りながら、Cow考えた。
尻、肌蹴れ(はだけれ)ば角が刺す。
錠(じょう)で鼻刺せば繋がれる。
石を飛ばせば牛(ぎゅう)糞(くそ)だ。
兎角にCowの尾は踏みにくい。

 遠くからだんだん近づいてくる声が玄関の前で止まり、ノックの音がした。

 ドアを開けてみると顔は人間だが体は牛の姿をした件(くだん)がいた。あわててドア閉める。まだ寝ぼけているのだ、きっとそうだ。

「あけてくださ〜い」とドアの向こうから繰り返し声が聞こえるが、幻聴である。聞こえな〜い、聞こえな〜い。

「あけないと忌まわしい予言をしますよ」知らんがな。

「あなたがむごたらしい殺され方される予言をしようかな〜」

 件という妖怪は凶事の前に現れ予言をして死んでしまうという。件の予言は必ず当たるのである。「よって件の如し」という言い回しはここに由来する。ということは予言を止めないと俺がむごたらしく死ぬということか?いや予言だから言わなくても未来はそうなってしまうのか?いやいやいや、よくわからんが、とりあえず予言で未来が確定されるのはやめてもらわねば。

「ああ、開けてもらってよかった」

でかい。体が牛だから圧迫感がある。入れという前に巨体が入ってくる。部屋の半分くらい体積を占めているんじゃないだろうか。

「今日は貴殿に折り入ってお話があってまいりました」なにやらモグモグ反芻しながら喋っている。

「こっちは別に話はないから帰ってもらいたいんだけど」

「まあそういうことは言わずにお願いしますよ」尻尾はパタパタと蠅をはらっている。この部屋には蠅はいないぞ。

「草はないですか。そうですか」駄洒落か?駄洒落なのか?牧草がないからといって畳を食うんじゃない。い草はうまいのか。というか食えるのか。それよりなんか話があるのではないのか。

「話、つーかお願いなんスけどね」いきなりタメ口に変わったよ。

「ぶっちゃけ、マジやばいんすけど、まあ他に頼る人もいないし、というかオレッチがノックしたってゲロヤバと思って、フツー玄関開けないっすよ。ってか、奇特な人っすね。奇特つーか、お人よしっす。女の子から優しい人ねと言われるけどモテないタイプじゃないすか」

 こいつウゼー。いいから早く本題に入れよ。と促すと急に真面目な顔になった。口は反芻を続けているが。もぐもぐ。

「俺っちを迷宮(ラビュリントス)まで連れてってもらえませんかね。で、真ん中が俺ん家なんすけど、そこまで。うん、いいよ。あ、そうすか、ありがたいなあ。さすが優しい人」

「勝手に俺の返事を捏造するなよ。だいたい迷宮ってどこにあるんだよ。花やしきか富士急ハイランドか」

「この混迷し出口が見えない現代社会こそが、まさしく迷宮と言えるのではないだろうか」お前はクローズアップ現代か。

「なんちて、無理っすか」なんだそれ。

「ほら、ご存知かどうかちょっとわからないんですけど、中にミノス王の息子のミノタウロスというのがですね、いたんですよ。私なんですけど。暴れん坊だったので、迷宮に幽閉されてたんですよ。家庭内暴力でひきこもりニートですか。現代もギリシャも親の悩みは変わらないっすね。で、ほっとけばよかったんですけど、テーセウスさんがですね、こう片手に糸巻きもって、私の前に立っているわけです。私は親父が送ってくれた食料かと思うじゃないですが。ミノス王と言えば親も同然、ミノタウロスと言えば子も同然。いや、親子なんですけどね。大体私が半牛半人の姿になったのは親の因果が子に報いという奴で、親父が神様からウシを借りパクしようとしたから、ポセイドンの旦那が怒っちゃって、母親が牛好きになったせいなんですから。どんな神罰ですか。マニアックすぎますよ。まあ平たく言うとミノスが悪い。で、あちき、こうみえても小食なんですよ。14人で9年食べつないでいたんですから。交通事故で年間何人の尊い命が失われていると思ってるんですか。言い訳がましいですか、ヤマタノオロチだって1年に1人っすか、14÷9で年間1.56人は過剰消費ですか。景気浮揚策として考えてみたらどうすかね。ギリシャ通貨は今はユーロですか?不況なんだからさ。それでもって、こちとら食料と思って油断していたんですな。元祖ニートだから寝転がって深夜アニメを見ていたんすよ。ニャルコさんとか。リアリティなーい!とか実況しながら。え?お前の方がリアリティがない?こりゃまた痛いところを。旦那、鋭いね、こんちまた! え?話を続けろ? ほんでもってテーセウスの野郎が声をかけるから、なんだと振り返ったところで袈裟懸けにばっさりと。血がダクダクっと出たつもり。というか出てたんですけどね。血だ! ああ、俺はこれで死ぬんだなあ。悪いことばかりやってたからなあ。痛いなあ、でも因果応報というものだなあ。と安らかに死んだつもりが、ここは大家さんの前だが驚いた。裏が花色木綿」

 身の上話が長いぞ。ミノですか、牛だけに。

「ここは地獄か天国か、あ、ギリシャ神話だから天国も地獄もないっすね。冥府かな。どこだろうかと思うと気がつくと、あなたのアパートの前。そこで予言してみたら、貴方にお願いして迷宮に帰るなんてひらめいたもんですからね。ここはひとつと思ってトボトボと歩いてきたんですよ、階段で。なんか死ぬ前は二本足で歩いていたような気もしますが、食っちゃ寝、食っちゃ寝でグータラだったんで、身体が牛になっちゃったんですかねえ。おかんの言うことは聞いておくもんですな。でもなんで牛の首が人の首に変わっちゃったんだだろう。ミノタウロスの時はサンダル履いていたのに、いまはヒズメだから裸足で情けない。昔の人が言ってた通りですね。『親孝行したい時には、おや?裸足』というくらいでして」

 ということは君は元ミノタウロス、いま件(くだん)なの。

「まあ、そういう事なんですかねえ。理由はよくわからんのですが、なんで首と体が反転したんですかね。この姿でうろうろしても皆様に迷惑かけるばかりなんで、古巣の迷宮にまた引き籠ろうかと思って。いやいや、今度は生贄抜きで」

で、なんで俺なのよ。

「そうか、それほどワシの予言を聞きたいのじゃな。己が惨たらしい運命に見舞われるという、避けることのできない忌まわしい予言を!」

 わかったわかった。予言するな。予言しちゃったらもう未来は変えられないからな。で、迷宮まで送り届けるにはどうすればいいのかな。できるだけ早めに済ませたいんだけど。

「まあ、そんなに急いで行っても仕方ないじゃないですか。道草を食いながら行きましょう」

「牛だけに」

「牛だけに」

 

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