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136. 須臾ビルヂング 32F 給水所 20130408


給水所

 どうやら今年もビルヂング内マラソン大会が開催されたらしい。毎回のことだが、参加しない私はスタートとゴールがどこだか知らない。廊下をランナーの集団が通り過ぎるので邪魔にならないように廊下の端によけてあげる。先頭集団ではないようであるので、仮に第n次集団と名付けてみる。廊下でランナーを先導する白バイは大変迷惑な存在である。廊下の端をしばらく進むと会議机が置いてあり、臨時の給水所が設置されていた。白い布をかけられたテーブルの上には使い捨てのプラスチックのボトルにストローを刺したものがいくつも置かれている。

 しばらくすると第n+1次集団がさしかかる(nは任意の自然数)。この場合、自然数nに0を含めるかどうかについてはいくつかの異論があり、数論の立場からは0を含めない。逆に集合論および論理学の見解では0を含める立場をとっている。したがって、上記専門家によるマラソン集団命名における自然数議論は一向にかみ合わず、意見の一致には程遠い。

 ランナーの集団を自然数とみなしたためこのような混乱が発生するのであり、ランナーは素数でカウントするべきという見解もある。その場合、n=1は素数ではないためランナーが優勝することはありえなくなり、参加者からの反対意見が根強い。

 ランナー集団についての話であるから集合論の立場から自然数に0を含めることとする。この場合、定義に従い理論上は先頭集団(n=1)の前に第0次ランナー集団が存在することが予見される。しかしながら経験的には、現在までその存在は観測されていない。

 この仮説を検証するために円環状のマラソンコースを設置し、エネルギー順位を上げたマラソン集団を正面衝突させ、新規のマラソンランナーを発生させる試みがなされている。この巨大高次加速器による衝突実験においても第0次集団は理論上10兆回に一回しか発生しないとされているので繰り返し実験を実施することが必要となる。この衝突実験は人道的立場からの根強い反対が多く、いまだ計画実施について慎重な立場をとる研究者が多い。しかしながら昨年第0次集団の存在が垣間見えたとの報告がなされておりデーターの検証が急がれている。また、宇宙に存在する質量の98%は直接観測できないダークマターであり、観測が難しいというその性質が第0次ランナー集団に酷似しているとの指摘がある。

 第0次集団が観測されない理由として、その姿形がマラソンランナーと異なるため観測されても気が付かれないという仮説も存在し、マラソンランナーを先導する白バイ集団こそが第0次集団であるとの説がささやかれている。これを認める場合、マラソンランナーの定義を大幅に拡張する必要があり、大統一マラソンランナー理論の提唱が待たれている。  また第0次集団の要素数が常に虚数であるため観測が難しいという理論がある。この理論に反対する学者に対しては、お前にはマラソンに対するi(愛)がないのか!という感情的な反発が先立ち、議論が成立しないことが多い。

 第0次集団とは11次元超重力理論における存在がコンパクトに折りたたまれた超ひもであるという仮説がある。この場合、マラソンのゴールテープこそがその紐であると推定される。しかし、走っていないゴールテープをランナーとみなすことが可能かという問題が残されている。

 第0次集団が観測されない理由については以下のような説がある。仮に第0次集団が出現した場合、観測者の目には「第オー次集団」と誤認識され無意識下で「大王子 集団」すなわち高貴なお方であり、マラソンとは関係ないと無意識に意識から排除されると脳科学者がテレビで言っていたと聞いたような記憶がある。

 ともあれ観測者である私にとってはn値がよくわからない第n次集団が通過していく。給水所に到達した集団は各ランナーに分散し、各々ボトルを手に取る。この時点でランナーは波の性質と粒子の性質を同時に示すことになる。ボトルはランナーの手に取られしばらくランナーと速度を一致させ、しばらくその状態を保持したのち道の端に放り投げられる。ランナーに保持されず即座に投棄されるボトルの中身としては、水、スポーツドリンク以外、すなわちホットコーヒー、ポタージュスープ、おしるこ、静岡おでん、マックシェイク、寒天、シリコンゴム、およびに どんぐり、もしくはコンクリート、ないしは 蝉の抜け殻詰め合わせ等があげられる。

 集団が去っていくと第(n+1)次集団用に提供するボトルを準備すべく運営委員とボランティアが活動を開始する。まれではあるが、第n次集団の要素の一部が給水所を通過したふりをして再び第(n+1)次集団に紛れてループを形成し給水所に出現することがある。この場合、n=n+1となり、nは不定かつ0=1という答えが導き出され基礎数学理論上大きな矛盾が発生することとなる。したがってループを形成するランナーの存在を明らかにすることはタブーとなっており一般人の目に触れることのないように配慮されている。この隠ぺい作業こそが、第0次集団が確認されない原因の一つであると陰謀論者は噂している。すなわち、第(n+1=n)次集団の存在の隠ぺいがあまりにも手際よく実施されており、この集団の隠ぺいが可能であるならば任意のnについて隠ぺいが可能である。可能であるからには隠ぺいが行われているに違いない。また、行われていない事が証明されない限り、我々は政府に抗議するものである。任意のマラソンランナーの存在が抹消されていることを誤魔化すためにマラソン大会のスタートとゴールについてもわざとあやふやにしているに違いない。現にこのマラソン大会について、主催者、開催時期、参加資格、スタート、ゴールはよくわからないではないか。どのようなシンジケートがこの失踪事件に関与しているかわからない。謎のシンジケートの暗闇を調査しようとした人は、すべて闇の中に消えたとされる。

 信じようとシンジケート。

 今となっては廊下を走っている集団が何の競技であるのか、さらには競技であるのかもよくわからない。彼らはとりあえず走っているが、いつから走り始めたのか、ゴールはどこなのか、走ることが正解であるのか彼ら自身もわかっていないし、また彼らも、そもそも自分自身が存在しているのかについても確信が持てないのではないかと言われている。

 

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