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135. 須臾ビルヂング 16F 20130407


16F

 友達の友達から聞いた話だけど、この高層ピルは でる らしい。まあオフィスが大量に入っているから不夜城みたいなものだけど、夜中に廊下を歩いていると後ろから

「ただいまから防災訓練を行います。265万8325階から火災が発生したとの報告がありました。付近のフロアの方は直ちに避難を開始してください」

とささやかれる。驚いて後ろを振り返ると誰もいない。いつの間にか廊下の壁一面に防災訓練のお知らせポスターが貼られている。ポスターの中で逃げ惑う避難者の引きつった目に見つめられ、怖くなって戻ろうとすると廊下の照明が一斉に消え、天井のスプリンクラーから水が噴出する。ずぶぬれになりながら部屋に戻ろうとすると、水は止まる様子もなく足首まで水がたまって歩きにくい。通り過ぎようとした他社の扉の内側から斧が飛び出し扉が破壊され、消防士がわらわらと飛び込んでくる。会社の扉を開けようとすると取っ手が熱くて触れない。ハンカチで取っ手をくるんで扉を開けるとオフィスは火の海。机に向かったまま炎に包まれ仕事を続けている自分の後姿が見えた。と同時にバックドラフトが発生し炎に包まれたところで廊下を歩いている自分に気がつく。

 んだってさ。それでこの火事の幽霊にあった人は身体がいつも青白い炎に包まれているような気がするんだって。そう教えてくれた君はコーヒーカップを持った指先が青白い炎に包まれている。ほとんど透明で見えない炎は冷たく君の身体全体を包み、君の体温を下げる。君の指先に触れることはできるけれども、私には燃え移らない。君の座った椅子とテーブルは次第に燃え始め、フロアに燃え広りはじめる。ふいに君は立ち上がりカフェのドアを開け、フロアの炎は一気に赤く燃え上がる。その炎はなぜか私を避け、私以外の全てのものを燃やそうとする。僕は君に駆け寄り炎を消そうとするが、君は不思議そうな顔で私を見つめる。私の周りはすべて激しい炎で覆われるが不思議と熱さは感じない。赤い炎で何も見えなくなる。

 気がつくと暗い廊下に一人立っている。会社の扉を開こうとすると、扉の隙間から青白い炎がはみ出している。扉を開けるとオフィスは火の海。机に向かったまま炎に包まれ仕事を続けてい る誰かの後姿が見えたと思うと同時にバックドラフトが発生し私は炎に包まれ、カフェのテーブルで君と向き会って座っている。楽しげに君は話をしている。だけれども私の姿を見ていない。

 同時に、自分が何も見ていないということに気がつく。

 炎に包まれたフロアがスプリンクラーの水で冷やされていく。冷たい炎で冷やされた水が次第に凍り、燃えさかる氷像となる。スプリンクラーからの水が止まる頃、炎自体も冷えきり、燃える炎の形のまま凍ってしまう。そのまま時間は止まり、フロア全体は凍結する。

 このまま火事の幽霊が成仏しなければ、永遠に凍ってしまうのだろう。

 ……っていう話だけど、本当かな?

 そう言って君は炎に包まれた指先でコーヒーカップを持ち上げた。

 

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