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132. 須臾ビルヂング 4F  20130404


3階

 ドアを開けると五m四方の部屋の中央に机があり事務員が座っていた。書類から顔を上げると面倒くさそうに私に聞いた。まあ、エンドウ臭いよりはマシである。

「どのような御用ですすしょうか?」

「ここから上のフロアに上がるにはどうすればよいでしょうか?」

事務員は書類で机をトントンと叩き端をそろえると書類でできた塔の上に綺麗においた。

「おや、いまどき珍しい、上のフロアに行きたいとおっしゃる人がきたようだよ」

 と、右側のなにもない空間に話しかける。

「なかなかそういう人はいないもんだ。見上げたものだ」

 右側の人と会話しているようだが、私には聞こえないが、きっと似たような返事をしているのだろう。

「うん、そういう人には親切に対応しなければいけないね」

「でも書類は出してもらわなけでばいけないね」

「規則だからね」

「そうだね」

「フロア移動の事前申請書と必要添付資料はございますか」

 なんでそんな書類がいるのだ。

「いや、そんな書類が必要だとは知らなかったので」

 事務員はわざとらしくため息をつくと、床から2mほど積み上がった書類の塔の上から三分の一あたりから書類を抜き取った。

「これは申請書と記入例です。よく読んで御記入下さい」

 差し出された書類には無秩序に線が何本も引かれ、まるで抽象絵画のように見える。

「これをどうすれば」

「欄外に説明がありますのでよく読んでください」

 小さい字で沢山書いてあるようなので解読に時間がかかりそうだ。

「書類に記入したら、その他になにか必要ですか?」

「そこに書いてありますので、よく読んでください」

「よく読んでみたいので、椅子と机を貸していただけませんか」

「そこに書いてありますので、よく読んでください」

 事務員はもうこちらの対応には興味がなくなったらしく、別の書類を読みふけっていて、返事もいい加減だ。部屋の中にもう一つある机があいていたので座って書類を読み始める。

 階上階上昇許可承認申請書(新規)「記入例」と書いてある書類の欄外の記入上の注意は、「申請者は、通常一人、一社もしく一台あるいは一匹等に限る」から始まっている。

「記入には黒または青色インクで記入すること。なお特段の事情がある場合は蜜柑の絞り汁によるあぶり出しが認められることがあるが、担当官と相談の上記入すること」

「担当官の相談に関しては、申請書記入要綱相談窓口にて電話にて相談仮予約を申し入れた上、相談手数料を振込んだ振込用紙を添付した仮相談内容をFAXすること」

「申請書類提出時にはクールビズ期間であってもネクタイ着用のこと」

「申請窓口では申請内容に関する相談には対応できません」

「外国語で記入した場合は翻訳を添付すること。なお翻訳内容は申請書記載内容に相違ない旨の宣誓書(記名、捺印もしくは血判)を添付し、宣誓書に内容ついては申請者が責任を持つ旨の念書を添付すること」

申請書別紙として、目的階および訪問目的に関する

【背景】

【歴史的経緯】

【外国における状況】

【階上に移動するに至った申請者の経緯】

【目的(簡潔に記載すること)】

【申請者の身分証明書(写)および証明書発行者の宣誓書】

【その階が実在することを確信するに至った経緯】

【本申請書に係る手続きが存在することを知るに至った経緯】

【階を上るための方法およびその方法が可能であると判断した根拠】

【手数料振込用紙の写しまたは現金】

を両面コピーにて綴じたものを3部提出すること。など際限なく記入上の注意が続いている。

 申請書に記入するための筆記用具がないか、机の引き出しを開けてみるとネクタイとワイシャツと背広の上下が入っている。背広の襟の裏には私の名前が刺繍してあった。仕方なく着替えて書類の解読を続けていると、私が脱ぎ捨てたシャツとジーパンを着た、先ほどまで事務員だった人が声をかけてくる。

「ええと、上の階に行きたいのですが」

 私は読みかけの書類を事務員に渡しながら

「この書類でで申請してください」と言う。

 うまく言えたか心配だが、これから何度も何度も言う機会があるだろうから、そのうち上手になるだろう。心配はいらない。事務員が何かいいたげな様子を無視して、私は机に積んである書類から一枚抜き取り読み始めた。


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