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いらっしゃいませ。ご利用階数をお知らせください。
エントランスの中央の階段を上るとエレベーターホールだった。見渡す限り数キロメートル四方に広がるフロアには何もないように見える。かすかに人影のようなものが見える方向に進んでみる。銅像のような台座の上に制服を着た人形が設置されている。
いらっしゃいませ。ここはエレベーターホール2階です。ご利用階数をお知らせください。口が動くたびに人形の顔の塗料がバラバラと落ちてくる。エレベーターガールなのかなあ。
失礼ですがお客様。それは政治的に正しいとは言いかねる呼称ですので、正しくはエレベーターアテンダントと呼んでいただければ幸いです。
たぶんフロアの中央に設置されていると思われるエレベーターアテンダントから周りを見回すと、フロアの端は地平線のように見える。天井は中央に向かって垂れ下がっているようにも、逆にドームのように中央が膨れているようにも見える。
ご利用階数をお知らせください。
とりあえず3階をお願いしたいんだけど。
承知いたしました。
このフロアはフロア全体がエレベーターなのかい。
ご推察のとおりでございます。
ということは、エレベーターが目的の階に到着したら、このフロアが新たにその階になってしまって、永久に目的のフロアにはたどり着けないということかな?
エレベーターアテンダントは口を動かすことをやめ、台座から生えている上半身を細かく振動させ始めた。
では目的階に進みます。
轟音と共に天井から柱がいくつも生えてくる。柱と柱の間に壁が出現する。鏡貼りの天井はすべて割れ滝のように振リそそぐ。リノリウムの床はひび割れが一気に広がり粉塵と化す。粉の下からオフィスカーペットが出現し、壁から出現した通風孔に粉が吸い込まれていく。どこからか机と椅子とキャビネットと電話、コピー機パソコンとサラリーマンが次々に降ってきて乱暴に積み重なる。パーティションで囲まれた手狭なオフィスが出現し、粉まみれのまま立っていることしかできない。ドアが開きペンキ色の顔をしたサラリーマンがオフィスに入ってくる。
お、どうした、今朝は、いやに ハヤイネ。
どうやら、私はこのオフィスに勤務するサラリーマンらしい。タイムカードを押し、誰も座っていない机を選んで座る。引き出しの中にはボールペンとレポート用紙と私の名刺が入っていた。さて何の企画を立てればよいのか考える。壁の向こうから3階オフィスフロアでございます、とペンキじみた声が聞こえてくる。