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130. 須臾(しゅゆ)ビルヂング 1F 20130402


Ground Floor

 The first floorはイギリスでは二階のことで、1階はthe ground floorと呼ばれる。斜面の途中に建設されたこのビルのように入り口が地面にあるのか地下にあるのか空中にあるのか判別しがたい場合でもイギリス紳士はthe ground floorと呼ぶのだろうか。

 駅の改札口を出るとそこは青空を見上げることができるというのに地下1階というところからこの街は迷宮であるということを覚悟しなければならなかった。そのまま道を進んでいくと地上に出る。街路樹が植わり、日が差し、鳥が飛んでいるが、建物の入り口には地下と書いてある。垂直方向への土地勘はここで混乱する。

 このビルの入り口は二重のガラス扉。異様に透明度が高いガラスには鳥や猫や野犬がぶつかって命を失う。扉を抜けるとエントランスには無数のガラス扉で仕切られた迷路となっている。透明度と屈折率が空気と同等のため、エントランスには何もないように見える。うかつに侵入した人たちが迷っている様子が見える。ガラス扉は不規則な間隔で回転し、移動し、常に新たな迷路を提供し来訪者を拒み続ける。

 糸巻きから糸を垂らしながらこの迷宮に挑んだ勇者はミノタウルスに謁見する前に回転扉に糸を巻き取られてしまい、その魂はいまだにエントランスをさまよっているといわれている。

 アポイントの時間に遅れることを恐れどうにかしてエントランスを抜けることができないか装備を購入するスーツ姿のサラリーマンが近くのコンビニに群がっている。非常用食料とコンパスとライターと非常用ライトを手に取り、レジを通さず何食わぬ顔で店の外に出る。店員が追いかけてくる気配がしたところで早足でビルに向かう。大声で待つように言われたら更にダッシュ。ビルの自動ドアが開きかけたところで後ろを振り向く。コンビニの店員が警備用カラーボールを振りかぶっているのが見える。よけられたカラーボールはガラスの迷宮に激突し蛍光色のペンキが散らばる。透明な動く迷宮が床に広がったペンキを広げていく。

 「ありがとう」店員に代金を支払うと、床に描かれた迷宮図からエレベーターホールへの道を頭に入れダッシュ。凶暴な清掃ロボットが出てくるまでの3分間が勝負だ。


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