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116. ぽぽぽぽ〜んの謎(20110520)


プリンターから吐き出された書類を持ってデスクに戻ると、針井探偵が座っていた。

「しかし、このオフィスはセキュリティが良くないね。私なんかが簡単に入ってこられるようでは問題だね。」

どこから突っ込もうか。

「まず、君はこんなところにいて良いのかね。病院に強制入院させられていたのではないか。」

針井探偵は私のパソコンを操作しつつ答えた。「震災の影響でね。人手が足りなくなってコックが変わってしまったんだよ。新しいコックは飯がまずくってかなわない。たまには外食したくなったとしても責められないだろう。古い友人を訪ねて飯をおごってもらおうと思ってさ。」

「友人って、昔、君を逮捕したのは私じゃないか。復讐しにくるというのがスジのような気が。外に出るにしたって、君はいろいろな事件の容疑者じゃないか。警察関係者のオフィスに出向くのは不味いんじゃないか。射殺されても文句は言えないぞ。」

「射殺されたらそもそも文句はいえないしな。あ、そうそう僕が入院している間にご結婚なされたそうで、おめでとう。」

「何年前の話だね。まあ、とりあえずありがとう。ところでさっさと病院に帰ってくれないか。くれぐれも人に見つからないようにこっそりとね。」

「飯をおごってくれるなら、世間に知られていない犯罪と犯人のヒントをあげるよ。」

「君自身の犯罪かね?」

「それでもいいけど、もうつかまっている私の犯罪をひとつ暴いたところで君の手柄にはなるまい。これをみてくれないか。」

そこにはYoutubeの画面が写っていた。

こんにちは(こんにちワン)

ありがとう(ありがとウサギ)

こんばんは(こんばんワニ)

さようなら(さよなライオン)

まーほう〜のーこーとば〜で

たーのし〜いなーかま〜が

ポポポポ〜ン!

「公共広告機構だな。それがどうした。」

「震災後、大量に流されて視聴者から苦情がきたそうじゃないか。このCMには理解しがたい点が多々ある。」

「普通のCMが自粛したから仕方なしに流したのじゃないの?」

「建前はそういうことになっているが、じゃあ、このCMは何を宣伝しているCMなのかね?」

「質問に質問で返すなよ。ええと、挨拶の重要性を啓蒙しているんじゃないのか?」

針井探偵はあきれた表情で私の顔を見る。

「君はこのCMを見て、さあ、あいさつしなくっちゃという気になるのかね。伝わりにくい(あえて言うなら出来がよくない)CMをあえて大量に放映するというのは、なにか隠された意図があるはずだ。」

「まあ、どうでもいいけど、昼飯はカツ丼でいいかな。」

「カツ丼をカメラで撮って、これが本当のカツドン(活動)写真って、やかましいわ。」

「いらないんだね。」

「カツ重でたのむ。汚水モノをつけて、って原発かい。って、そうそう原発と言えば震災後の公共広告機構のCMだがね。」

「手短に頼むよ。同僚が帰ってきて君に気がついたら収拾がつかなくなることを少しは考えてくれよ。」

「この歌は、挨拶の呼びかけにリフレインしているようにも思えるが、よく聴くとリフレインには余計な言葉が付属している。」

「よく聴かなくてもそうだが。」

「この増えた文字に意味がある。」

「犬とかウサギとかのキャラクターだろ。」

「そうではない。続く歌詞に 『楽しい仲間が増えた……魔法の言葉(大意)』とある。すなわち、リフレインで増えた文字が、魔法の言葉なのだ。」

「あいかわらず論理を飛ばすね。」

「増えた文字だけピックアップすると次の通り。」

サギ

イオン

「意味のない文字列のようにも見えるが、ここで思い出してくれたまへ。画面に出てくる動物は、最初が犬、次がウサギだ。これはウサギ狩りで獲物を追う猟犬を暗示している。そして、追われているウサギが逃げ込むのはウサギの巣の穴倉だ。ここで、最新の注意を払いつつ、ウサギ追いしかの山〜 とは何の関係もないことに配慮しなければならない。」

「配慮もなにも、関係なんじゃないかなあ。」

「ウサギの穴倉……あなぐら……アナグラム 。そう、この魔法の言葉はアナグラムにて解読すべきというヒントなのだよ。」

「でも、次に出てくるライオンもワニも穴倉に入るイメージはないけど。」

「ノイズだ。」

「なぜ私をにらむ。」

「アナグラムにて順番を入れ替えると次のようになる。」

「『ギンニイサンオ』銀に遺産を と読める。遺言で、「銀と呼ばれる人物」に遺産が相続されるらしい。」

「犯罪のにおいはしないが……」

「君は推理小説を読んだことがないのかね。遺産相続に殺人は付き物だよ。」

「しかしそれだけではなあ。」

「アナグラムの解はひとつだけではない。

『ギンオニイサン』(銀お兄さん)

『ギンサンニオイ』(銀さんに甥)

「ほら、銀さんには弟と甥っ子がいることがわかった。ここまでで登場人物は三人。

ここで歌に戻ってみよう。素敵な仲間が 「ぽ」「ぽ」「ぽ」「ぽ〜ん」四人が出現している。先ほどまでの歌の解釈では、三人しか出てきておらず、その存在が明示されていない人物が一人いることが暗示されている。この人物こそが遺産相続にからむ殺人事件の真犯人であることを示しているとは考えられないかね。」

「カツ重がきたよ。」

「隠された人物とは誰だろうか。」

「示されていないんだったら、わかるわけないじゃないか。」

「君は本当にばかだな。銀さんがいて、弟がいて、甥っ子がいるのであれば、弟の配偶者がいなければ甥っ子が生まれないではないか。つまり、隠された登場人物は銀さんの義理の妹なのだよ。」

「カツうまいぞ。カツを重箱に入れればカツ重なんだから、リアルに重箱に入れればリア重か。爆発したらどうしよう。」

「そういうネットスラングはあっという間に陳腐化して使われなくなるぞ……さて、最後のアナグラムだ。」

『サンギイン オニ』参議院に鬼 がいるそうだ。遺産目当てで義理の兄を殺害する行為は、十分に鬼と呼ばれるにふさわしいとは思わないか。ねえ、議員さん。君が警察を辞めて国会議員に立候補したと聞いたときには驚いたよ。」

「これは驚いた。私がやったとでも言いたいみたいだね。」

「そうは言ってないよ。そういう解釈ができるCMだというだけの話だ。」

「確かに私の義理の兄は、昨年亡くなったが不審な点はなかったし、第一「銀」という名前ではないよ。」

「銀杏と書いてイチョウと読む。君の義理の兄は一郎ではなかったかね。」

「で、どうするつもりなの?警察に通報するの?」

「いや、うまいカツ重を食べたかっただけさ。ごちそうさま。」

電話をつかみ、警備員を呼びだす。顔を上げたときには既に針井探偵の姿はなかった。


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