108. ゴルコンダ(20071231)


 インドの幻の古都、ゴルコンダまで覗けるという望遠鏡は、机の引出しの奥に忘れていたものだった。

 忘年会からの流れで、ついついハシゴしてしまい乗換駅で終電を逃してしまった私は二駅分を歩いて家に向かっていた。線路沿いの道を歩いていればよかったのだが、酔っているせいかいつの間にか住宅街に迷い込んでしまう。住宅街は同じ造りの同じ大きさの建売りが並んでおり、進んでも角を曲がっても同じ場所を繰り返し歩いていくような気がした。窓の隙間から漏れる明かりを頼りにとりあえず進んでいく。どちらが駅の方向だろうか。どこか店でもあれば道を聞けるのだが。年末の空は雲もなく星空は見えていたが、どれが何座なのかもわからず方角はわからない。切り株があれば、年輪が密になった方が北なのだが、こんな住宅街ではカブスカウト時代の知識も役に立たない。

 向こう側に見える明かりを頼りに進んでみる、建売住宅に挟まれて古い木造の家と強い風が吹けば倒壊しそうな車庫があった。車庫の扉は開いていて明かりが灯っていた。誰かいれば道を聞こうと覗いてみると、車庫には車はなく、雑貨……というか古いガラクタにしか見えないものが並んでおり、一番奥にはおばあさんが座っていた。こんな夜中にフリーマーケットでもあるまい、と不思議に思ったが、とりあえず道を聞いてみることにした。

「すみません、駅に行くにはどう行けばよいのでしょうか?」
「きょうは、冷えるね。なにかお買いになるつもりか?」

 どうやら、なにか買わない限り教えてもらえないようだ。なにか安そうな小物はないか、探してみる。妙なレバーが飛び出している動いていない懐中時計のようなもの。妙な形の金属片。干からびた塊を紐で繋いでいる首飾りのようなもの。読めない文字が描かれた布を束ねたもの。値札もついていないのでどれが安いのか分からない。みすぼらしい紺色の筒のようなものを手に取る。
「これ、いくらですか。」
「ああ、お兄さんお目が高いね。これはゴルコンダの遠眼鏡と言ってね、印度の古都市ゴルコンダまで見通せるのさ。今日はもう店じまいだから、特別に、これでいいよ。」
そう言っておばあさんは指を一本挙げた。
「一つというのはいくら?ガレージショップだから百円?それとも千円?まさか一万は出せないなあ。」
「何を言っているのかのう。かのサルタンが軍隊を引き連れて諸国を探し回ったと言われるゴルコンダの遠眼鏡が指一本と引き換えなら安いものじゃろうて。ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ」
 どうやら頭がおかしい婆さんだったらしい。
「ちょっと待ってくださいよ。指は勘弁してください。お金ならほら財布の中身全部あげますから、とにかく私は家に帰りたいんで道を教えてください。」
飲み会で散在したので、どうせ、財布の中身は小銭しか入っていない。
「どれ、何が入っているのじゃ。おお、これはアルミニウムではないか、同じ重さの白金と同じ価値があると言われるアルミニウムをこれだけ持っているとは。さぞかし高名の錬金術師であろう。されば、このゴルコンダの遠眼鏡を差し上げよう。」
なんだか一円玉を見て興奮している。コンビニでお釣りを募金してなくて助かった。それで、駅までの道なんですけど。
「この粉薬を飲んで、自分の家を強く思い浮かべればたちどころに体が移動するのじゃ。」
いや、駅までの道を教えてくれればいいんですけど。
「わしを信じぬか、まあよい。ではこの薬を飲めば教えてやる。」
はいはい、頑固な婆さんだな。飲めばいいんでしょ。

……そこで記憶は途切れて、目が覚めたら家のリビングでスーツのまま寝ていた。カバンも財布もちゃんとあってホッとしたが、財布の中の小銭は全部なくなっていた。カバンの中には埃だらけの筒が入っていた。どうやって帰ってきたのだろうか。そのガラクタは机の引き出しに放り込んで忘れてしまった。

 それから私は結婚して新居を構えたり、子供が出来たり、仕事で悩んだり、引越ししたり、リストラされたり、離婚したりで年をとった。気がつくと価値のあるものは何もかも失っていた。特に死ぬでもなく、生きるでもなく、やりがいのあるわけでもない仕事をぼちぼちとやっていた。

 ある日、出先の仕事が早めに終わった帰りのバスで寝過ごしてしまい終点で降ろされる。バスの発車時間まで間があったので、近くをうろうろしてみる。小高い丘を登ると、町を一望できた。カバンの奥を探ってみると、ゴンコンダの遠眼鏡が入っていた。机の引き出しに入れっぱなしで忘れていたのに、何回も引越ししたのに、何故カバンの中に入っていたのだろうか。

 遠眼鏡の両端にはレンズがついていたが、両方のレンズとも曇りガラスのように白く濁っていて、向こう側を見通せるとは思えなかった。とりあえず、目にあてて向こうを覗いてみる。

……おお、見える。見えるぞ。ダイアモンドで栄える古代インドの都市が。黄金とダイアモンドで飾られた建物と、色鮮やかな衣をまとった美しい女性たちと、店に並んでいるのは珍しい果物や金平糖などの菓子、見たことのないからくり機械。おお、すばらしい、手を伸ばせばそこに行ける様な……

 という言葉に騙されて、その遠眼鏡と天狗の隠れ蓑を取り替えてしまったというわけですか。
 吉四六さんに騙されたわけですね、天狗さん。

とっぴんぱらりのぷう


第八回雑文祭 参加作品

■書き出し: ○○は、机の引出しの奥に忘れていたものだった。
■縛り: 金平糖を文章のどこかに入れる。
■結び: とっぴんぱらりのぷう。
■追加縛り: ゴルコンダ


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