107. 順行(20071226)


 四つの手を持つ異形の人形はカルタゴ(Carthage)土産で、机の引出しの奥に忘れていたものだった。

 その土産物を持ってきてくれたのは大学の後輩で、中央アフリカに青年協力隊のボランティアの帰りに役所の手続きがあるからということで、上京してきた折にくれたものだった。

 連絡もなしにいきなり私の留守中に訪問したきたので、家内はひどく驚いたようであるが、私はもっと驚いた。会社から帰って来てただいまとドアを開けるとリビングが丸見えなのだが、いきなり昔惚れていた女性が座って洗濯物を畳んでいたのだから。どこのサイコホラーかと思いました。平静を装いながら挨拶する。ここで、家内が見当たらなくて、なんか押し入れの戸に血のようにみえる跡がついていたら本当にサイコホラーなのだが、そういうこともなく後輩と家内は談笑していた。お客さんなんだから、そういうことはさせないで。いや、いいんですよ先輩。泊めてもらうんだからこれくらいはやらせてください。なんかアフリカに数年いたせいか、ずいぶんとたくましくなったようである。

 学生時代は同級生に片思いして、結局はその恋は当たって砕けてしまって、その傷心をいやすためか卒業後すぐ海外青年協力隊で中央アフリカに出かけたという噂だった。

 彼女の強烈な片思いを知っていたので、私は結局のところ後輩への思いは伝えることが出来なかったのが心残りと言えば心残り。その日はアフリカの話などして過ごした。アフリカは小学校に入る頃に乳離れするので、子供はみんな虫歯だらけだとか、働いていた病院の庭の土は極小の金平糖の形をした茶色い砂で、歩くときゅっきゅっと音がしたとか、アフリカの人は皆たくましいので、私もたくましくなりましたとか。

 翌朝、ではお世話になりました。と彼女は挨拶して去っていった。先輩、結婚して幸せそうでよかった。と聞こえるように聞こえないように呟くと、あ、そうだお土産を渡すのを忘れてました。この北アフリカのカルタゴで買った人形です。この人形は一つだけ願いをかなえてくれるそうですよ。なんか不気味な人形だね。だからかえって願いを叶えてくれそうでしょ。わたしはもう一つお願いしましたから先輩にあげます。

 

 そういって彼女は去っていった。それから彼女の噂は聞かない。

次の正月に、彼女の片思いの相手だった男から年賀状が届いた。結婚しましたと披露宴の写真が載っていた。相手は私の知らない女性だった。新婦は満面の笑みをうかべていたが、何故か写真の新郎は、とんでもないことをしてしまって後悔している表情だった。どうしてよりによってこんな写真を選んだのだろう。

 その時、テレビの上に飾っていた人形が哂ったような気がした。私はなんとなく嫌な気持ちになり、人形を机の引き出しの奥にしまった。

 この話はこれでおしまい。とっぴんぱらりのぷう


第八回雑文祭 参加作品

■書き出し: ○○は、机の引出しの奥に忘れていたものだった。
■縛り: 金平糖を文章のどこかに入れる。
■結び: とっぴんぱらりのぷう。
■追加縛り: 四つの禿


    一覧  トップ