86. 「入学式 校長挨拶」(20060406)


 みなさん ご入学おめでとうございます。

 本日は、皆さんの入学を祝うように、抜けるような青空に雲ひとつない日本晴れ。更に校庭の桜も見事に咲き乱れております。あの桜の美しさは本校の誇るところの一つでありまして、その素晴らしさ、あでやかさは、ほとんど奇跡のような、ということは皆様もご同意いただけるところ思います。

 あの桜の樹の下には屍体が埋まっている。何故って、あんなにも見事に咲くなんて信じられないことではありませんか。樹の根本に埋められた屍体はみな腐爛して蛆が湧き、堪らなく臭いのでしょう。それでいて水晶のような液をたらたらとたらしているのでしょう。太い根はそれを抱きかかえ、毛根はその液体を吸っているのでしょう。

 その死体を埋めるために穴を掘る。固い固い土を素手で掘る。そのときに剥がれた爪は死体と一緒に埋められ、そのエキスは桜に吸われて花びらと化し、さあ、どうでしょう。皆様がご覧になったとおり、風に吹かれて今まさに無数の生爪が舞い散っているではありませんか。これこそ死体が、他殺死体が埋められている証拠に他なりません。

   と、講堂の演壇の上で虚空を睨みつけながら入学の挨拶をしていた校長先生は他の先生たちに取り押さえられてどこかへ連れられて行ってしまいました。黄色い救急車に乗せられた姿を最後に、その校長先生を見かけた生徒はいませんでした。でも私は見たのです、取り押さえられる時に暴れる校長先生の指の爪が全部剥がれていたことを。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 図書室の蔵書の裏側に落ちていた古ぼけたノートには、こんな手記が書きつけてあった。僕たちは真偽を確かめるために、深夜の校庭に忍び込む。明かりのない校庭で懐中電灯をかざすと、風に吹かれて桜色の花びらがひらひらと舞っていた。手記のせいでそのピンク色の小片が、爪の化身で僕の体にまとわりつくような気がしてならなかった。土をスコップで掘っていく。瓦礫や桜の太い根やミミズやオケラに悩まされながら掘り進んでいくと、根に囲まれ守られたように埋まっていた黒い塊が二つ。黒く変色した布で包まれたバスケットボールくらいの黒い塊が二つ。恐る恐る布を剥がしていくと小動物のもののような骨が。これはひょっとしてと思い、校舎の裏に植えられている桜の根本も掘ってみた。汗だくになりながら、背中と腰の痛みに耐えながら掘っていくと、そこにも根に囲まれた二つの塊が。こちらの方も、中はどちらとも小動物の骨が包まれていた。

そうか、そういうことだったのか。

納得した私は掘り出した包みを元通りに丁寧に埋めなおした。このことは誰にも喋らず、この手記に記すだけにしておこうと思う。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「理科室の人体標本の土台の内側から発見された手記にはこのように書かれてあった。君は興味あるかなと思って持ってきたのだが、どうだね。」と、鉄格子の向こうの針井探偵に向かって話し掛けた。

「君の事だからもう掘り返してみたんだろう?」と、面倒くさそうに答える針井探偵。

「君は、あいかわらず鋭いね。手記のとおり骨が4つ発見されたよ。」

「その小動物の骨というのは、チャボかね白色レグホンかね?」

「普通のニワトリの骨だったよ。しかし、どうしてそんなことがわかるんだ。」

「簡単なことだよ。校庭に二つ、校庭の裏に二つ埋まっていたんだろう。古いことわざへの見立てだよ。すなわち 『裏庭には二羽、庭には二羽、ニワトリが埋まっている。』 という駄洒落さ。」

私は脱力した。

「なんだそりゃ。ばかばかしい。」

「そう、それこそが犯行者の狙いだ。その駄洒落に気がついてしまうと脱力せずにはいられない。脱力すれば……それ以上掘り進める気力が抜けてしまう。」

「すると……」

「そのニワトリの骨の更に下を掘ってみたまえ。犯人は何かを隠蔽するための囮として、浅い場所にニワトリを埋めたのに違いない。」

 針井探偵の助言に従い、更に掘り進めた私は一体の白骨死体を発見した。大昔に入学式の席上で発狂した校長先生の行方不明となっていた妻のものであることが判明した。

 針井探偵は、「妻を殺して埋めたくらいで気が狂うなんて精神的に弱い証拠だ。情けない奴だな。」と感想を漏らしていた。大量殺人を犯し、精神病院の独房に収監されている針井君には言われたくないだろうにと、思ったが、思っただけにしておいた。剣呑、剣呑。

「しかし、今回の事件は謎というほどの謎はなかったな。」

「まあそう言うなよ。謎がなければミステリとして問題ありと言われてしまうではないか。しょうがないから、あたかも謎があるかのような体(てい)で話をまとめてしまえばよい。」 「すると、今回の話のタイトルは……」

「うむ、『針井(他)と、謎のふりする』がよいだろう。」

 そういうと針井探偵は手のひらに山盛り載せた精神安定剤をボリボリと貪り食いながら、独房の中で眠りについた。

 針井探偵の脱走の知らせを聞いたのはそれから5年後であった。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 というふうなことが将来起こるのではないか、などと夢想しながら我校の校長である私は、昨日の深夜、校庭を掘っていました。我ながら上手に埋める事が出来たと満足しております。ともあれ、皆さんご入学おめでとう!

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

参考「桜の樹の下には」梶井基次郎


    一覧  トップ