秋の夜長に      

66. 「秋の夜長に」(001023)


 秋の夜は長い。まして冬の夜はなおさらである。しかして、極点付近の冬においてをや言うべきにはあらず。24時間夜ではないか。いかん、また考えてしまった。

 私の任務は狙撃である。あまり知られていないことだが、狙撃手の仕事の大半は待つことである。標的に気づかれないうちに狙撃範囲まで忍び寄り、じっと狙撃のチャンスを待つ。何時間も動かない。動けば標的の目に留まる可能性がある。気づかれないまでも狙撃される可能性を敵に悟られれば、すべての計画がおじゃんになってしまうのだ。そういうわけで、私の仕事の大半は待つことである。優秀な狙撃手は気配を殺す。待つ間何も考えない。代謝スピードも落とし、汗もかかない。優秀な狙撃手の中には心拍数が少なくなる人もいる。標的が現れるのをじっと待っている間、無の境地でいる必要がある。狙撃について考えてしまうと、つい失敗することを考えてしまう。失敗を考えた時点で、もう駄目である。失敗したイメージ通り身体が動いてしまう。狙撃は身体が勝手に動くのにまかせるのが一番失敗が少ない。そのために何回も何回も訓練を繰り返す。身体に憶えさせる。実戦では考える必要はない。考えない、考えない。考えないと思っていても、どうしても失敗することを考えてしまうことがある。こういう場合は考える内容が、なるべく無意味な方面に流れる風に仕向ける事にしている。人の脳は意味がないことは長く考えることが出来ないような作りになっている。意味のないことを考えている内に雑念が消えてしまう。我流のテクニックであるが、生き延びるための知恵である。

 待つ時間は長い。秋の夜は長い。極点でなくても夜は長い。長い夜の間に、指先がかじかんでうまく動いてくれなかったらどうしよう。いかんいかん。また失敗することを考え始めている。意味をなくせ。秋の夜は長い。秋野陽子は長居。いはんや、中野陽子をや。ほうきを逆さまに立てても効き目がない。安岐の世も仲居。安岐には旅館が多いらしい。悪ノワールは何回。数回? 駄洒落のおかげで、どうやら雑念はどこかに流れていってくれたようである。標的はまだ現れない。

 まだ若かった頃、雑念を押さえきれなかった時、運悪くターゲットが出現したことがある。微妙な精神の乱れが狙撃に必要な動きに微妙な影響を与え、弾は標的を外れた。それから先は思い出したくない。己の愚かさに、自分でも切れた堪忍袋の緒が蘇生する暇もないほどだ。狙撃手の存在に気が付いた敵部隊は一斉にこちらに向かって侵攻を開始し、その結果私は重傷を負った。辛うじて味方部隊の救援が間に合い、私は命を取り留めた。つらい療養生活で身体はほとんど元通りになったが、いまでも低気圧が近づくと太股の古傷が痛む。医学的治療だけではなくありとあらゆる方法を試してみた。針、お灸。なかでも効果があったのは波動治療器といういかにも怪しげな民間治療法であった。怪しげであったがリハビリには効果があった。しかし、身体の傷と神経には効果があった波動治療器も、私の心の傷には効き目がなかったようである。それだけ波動しても心の傷は癒えなかった。この時のように、今回の狙撃も失敗するかも知れない。いかんいかん。また考え始めている。意味をなくせ。それだけ波動しても癒えなかった。それだけはどうしても言えなかった。気軽に言えばよろしい。なにを遠慮しておるか。剃れた毛はどう?してもいい?入れなかった? どうやら女学生が根ほり葉ほり聞いておるらしい。反れ竹は同志テモイ得なかった。テモイって誰? 駄洒落のおかげで、どうやら雑念はどこかに流れていってくれたようである。標的はまだ現れない。

 標的はまだ姿を現さない。今晩はもう出てこないのかも知れない。

今晩も狙撃に至らず、監視で終わるかもしれん。監視も肝心であるとはいえ、これでは狙撃手ではなくて監視手ではないか。と自嘲する。お前を監視手に任命する。はっ!任命に感謝いたします。感謝の気持ちを込めて、隊長! 監視手から隊長に感謝状であります。監視が任務なんだから、狙撃に失敗しても仕方ないではないか。いかんいかん。また考え始めている。監視手から隊長に感謝状であります。監視手も感謝状。意味を無くせ。幹事長も感じちゃう。脇腹が性感帯らしい。鉗子ショーも患者ちゃう。ちゃうちゃう。鉗子ショーって白黒ショーみたいなものか? 冠詞ジョーも管理帳。すべてにTheをつける癖があるジョーも管理台帳に名前が載ったらしい。国勢調査のおかげであろうか。勧進帳も安心でしょう。弁慶のおかげで関所を無事通過できたようである。駄洒落のおかげで、どうやら雑念はどこかに流れていってくれたようである。標的はまだ現れない。

 標的が現れた。スコープの目盛り上に標的が載る。ゆっくりと引き金を引き絞る。ゆっくりと。闇夜に霜の降る如く。俺の獲物。その時、無線が入る。作戦変更。狙撃部隊は直ちに撤収。やれやれ。敵部隊に気づかれないように速やかに撤収しなければならない。無事撤収できるだろうか。夜は長い。夜はまだ続く。雑念との付き合いもまだまだ続く。ダウンタウンの突っ込みは激しい。夜の漫才は、なおいっそう松本への突っ込みが激しい。夜、浜田突く。夜はまだ続く。いつまで運動靴を選んでるの?いい加減にしなさい。選るは、未だズック。居酒屋のテーマは実はイギリス童謡である。養老はマザーグース。夜はまだ続く。夜はまだ続く。

第五回雑文祭:うっかり参加作品
縛り  タイトル「秋の夜長に」
 書き出し「秋の夜は長い」
 結び「夜はまだ続く」
 お題 「切れた堪忍袋の緒が蘇生する暇もないほどだ」
    「それだけはどうしても言えなかった」
    「幹事長も感じちゃう」


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