西洋弟切草      

62. 西洋弟切草 040410


ヨハネが首を切られた時、その血から西洋弟切草が芽生えてきたとの言い伝えがある。日本の弟切草には、平安時代の鷹匠が薬草の名をは秘密にしていたが、人のよい弟が薬草の名を他人に漏らしてしまい兄に切り殺されたことから命名されたとの伝説がある。葉の模様は、その血の跡といわれている。
 西洋弟切草はハーブとして鬱症状の改善に効果があると言われているが、併用する薬によっては注意が必要とされている。また、副作用として「日光アレルギー」を引き起こす可能性がある。 実験では、西洋弟切草をマウスに与え日光に当てたところ、痙攣を起こして死んだ。また、西洋弟切草を大量服用した羊は太陽を浴びた後病気になり、死んだ。

今朝は一段と視界が灰色で満たされている。灰色の世界の向こうには何か光り輝く世界があるようだが、今の私には関係ないことだ。川に沿ってとぼとぼと歩く。私には興味が無いと言わんばかりに川の水がとうとうと流れている。川面の小さな波を眺めながら歩いていると私との間を隔てる橋の欄干が乗り越えていけと迫ってくる様に見える。乗り越える気力があればきっとそのまま川に体を浸してしまう。そうすると楽になるだろうなあ。でもスーツと鞄が濡れたら次のを買わなきゃなあ。新しいことをおこす気力も無く、川沿いをとぼりとぼり歩いていく。耳の近くで世界の果てからごほうごうと地球が回転する音が響いてくる。だんだん歩いているのか、単に足を動かしているだけなのかわからなくなる。

腹が張ってくる。おならが出るように下腹に力を入れる。ぶり。その次の瞬間、違和感を感じる。我に答えよ。何故尻が生暖かい。そして何故その生暖かさがだんだん太ももの方へ伝わって行く。ひゃあ、ひょっとしてうんこもしくは大便おそらく下痢便なかんずく水便を漏らしてしまったのではないか。「はい! 先生!」「はい、なんですか半茶くん。」「先生! うんこです。」あああ。どうしよう。いやどうしようではなくてパンツの換えを買わなきゃ。臭うだろうか。いやまだ大丈夫。のはず。と根拠も無く信じる振りをする。我信ず、故に我在り。不合理ゆえに我信ず。信ずの首飾り。コンビニコンビニコンビニ。ユウレカ! あった。開いててよかった。このトランクスください。ボクサーパンツですか。下半身用下着であるなら名称はどうでもいいです。売っているとは思えませんが、六尺ふんどしは締め方がわからないので駄目です。釣りはいらないよ。あ、やっぱりください。急げ急げ。気持ちは急ぐが、濡れた下着の気持ち悪さと、動けば動くだけ被害が拡大するような気がして妙なステップで半スキップ。スキップ、ステップ、スキップ、ステップ、ターン、ターン。ターンしてどうする。会社に到着。トイレに飛び込む。急いでスラックスとパンツを脱ぐ。ひゃああああああ。トランクスがまっ茶色ではないか。情けない。腹の調子が良くないことは分かっていたが、腹が痛くないので忘れていた。あまりの情けなさにとほほほほと呟きながら汚れたパンツをコンビニの袋に押し込み、尻をトイレットペーパーで拭く。スラックスに汚れは見えないが、念のために汚れそうなところを手洗い場で洗ってみる。臭いは大丈夫かびくびくしながら自分の机に戻る。

焦ってバタバタとあれこれやっているうちに、ふと気がつくと朝の死にたい気分がどこかへ行ってしまっていた。鬱の治療法として使えないか。うんこもらし治療法。鬱の死にたい気分はどこかへ行ってしまうが、残念なことに副作用として別の理由で死にたくなってしまう。不惑にしてうんこもらし。あああ。人の親としてどうよ。あぁあああ。

(フィクションであることを主張します。)


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