三年寄      

60. 三年寄 031120


草木も眠る丑三つ時。人里を離れたところに今にも崩れ落ちそうな寂れた寺のお堂がある。いつもなら暗闇に埋もれているはずのそのお堂。不運な旅人が傍を通りがかったならば、お堂の窓から光が漏れているのを見つけ不審に思ったことだろう。中には三人の老人が蝋燭の灯りを囲んで座っている。長い沈黙が過ぎた後、一番年嵩が増していると見受けられる老人が、おもむろに口を開く。
「では、始めましょうぞ。」
「うむ。」「では、よろしゅうに。」
「まず始めはわしからじゃ。」
 三人の中で一番若い……とは言ってもおそらく八十は越しているであろう老人が話を始める。
「わしがまだ小学生の頃じゃった。産休の代理で新しい先生が来ると言うことで、わしらはどんな先生が来るのだろうと噂しておった。新しい先生の顔を見てわしらはどんなに驚いたことか。新任の先生は、産休の先生と瓜二つであった。最初は先生同士、姉妹なのかと思ったほどじゃった。そして、先生に聞いてみると血の繋がりは全く無いということで、わしらは再び驚いたのじゃった。こんな不思議なこともあるのじゃとわしらは話したものじゃった。」
「うむ。その二人の先生は親戚でも、ましては兄弟姉妹や親子ではなかったと……」
「然り。」
「偶然に顔がそっくりだったということかのう。」
「まさしく」
「まさしく」

「担任の空似。」

 お堂に沈黙が流れる。
 蝋燭の火が一つ消される。
「ひと〜つ。」

 三人の老人は身じろぎもしない。お堂の外から、かすかに虫の音だけが聞こてくる。
「では、二番目はわたくしでございます。」
 二人目の老人が話を始めた。
「あれは、わたくしが釣りに行った時のことでございます。岸壁で一日がんぱって見たものの、その日は一匹も釣れないうちに夕方になったのでございます。これで釣れなければ帰ろうと、竿を一振りした時にふとわたくしの座っている岸壁の、百メートルほどですか、向こうに白い格好の人影が見えたのでございます。ああ、彼も釣り人なのだなと思い、自分の浮きを見つめていたのですが、何か気になる。ちらと見た姿は上から下まで白い姿で、私の目には何故か、彼が裸足であったことが気になって仕方がございません。そして、どうして気になるのか気がついて背筋がぞっといたしました。彼には厚みというものがなかったのです。薄っぺらの体でくねくねと海の方を向いて踊っていたのです。私はいつか、母から聞かされた話を思い出しておりました。『くねくねを見かけたら、決して近づいてはならない。じっと見てもいけない。すぐ逃げなさい。』私は心臓が口から飛び出すかと思うほど驚き、半分腰を抜かしながら釣り道具をまとめて家へ逃げ帰りました。しかし、裸足で海の方をみてくねくねと踊っていた、あの正体はいったい何だったのでしょう。厚みがないペナペナの体は一体なんだったのでしょうか。」
 三人はしばらく目を閉じて風の音を聞いている。おもむろに一人の老人が口を開く。
「その厚みのないペナペナの姿の者は、海の方向を向いていたのじゃな。」
「然り。」
「そして、足には履物を何を履いていなかったのじゃな。」
「いかにも。」
「それは、生ける者の姿ではない。」
「なんと。」「なんと。」

「ときには 幅のない子のように 裸足で 海を見つめて 遺体。」

 みたび、お堂に沈黙が流れる。
 二つ目の蝋燭の火が消されると同時に寺の鐘の音が陰に篭ってものすごく「ごーーん。」と鳴り響く。
「ふたぁーーつ。」
「最後は私ですか。」
 三人目の老人が話を始める。
「これは私が女学校の教員をやっていた時のお話です。いや、うらやましいなどと言ってくださるな。私も最初は内心そうだと思い込んでいたのでごさいますが、なにしろ女性が三人寄れば姦しいというくらいですからな、それが学級で数十人集まるのですからやかましくて仕方がない。比較的真面目な学校ではありましたが、中には非行に走る者もいる。そのころ私は真面目でしたから非常に心を痛めたものでした。ある日、滅多にそんなことはやらなかったのですが、持ち物検査を行うことになりました。そのころの女学生は基本的に真面目でしたからな。取り上げるといっても−学業に関係ないものは持ってくるべからず−ということで、少女小説や漫画本程度を持っていないか見る程度で。それも、まあ私の場合はちょっと注意する位で見逃してあげておりました。鞄の中の持ち物を机の上に出させて順番に、まあ、形だけですわ、見て回っていたところ、ある女生徒の前を通った時に机から小さな袋が落ちてきました。まあ、そんな中身まで見ようとは思いませんでしたので、拾ってあげてその女性徒に返そうと思ってその娘の顔を見ると。」
 老人は、二人の老人の顔を見回した。
「それがもう、目を見開いてこちらを向いているのですが、目の焦点が合っていない。なんだか私は背筋がぞっとしました。そしてその娘はいきなり立ち上がり『ケタケタケタケタ』と笑い出したのです。他の誰かが恐怖に襲われて悲鳴を上げました。後で調べてわかったことですが、真面目で通っていたその女性徒は、町の非常に悪い連中とつきあっていて、悪い遊びをいろいろとしていたそうでした。悪い遊びもエスカレートしていき、煙草、酒のみならず麻薬にまで手をだしていたのです。その時彼女が落とした小袋にはマリファナが入っていたのです。その後始末は大変でした。もう周辺の学校まで含めた大会議まで開催されて。が、もう昔の話です。彼女も更正してくれていればいいのですが。」
「大儀」「大儀」
「しかし、後になって不思議に思ったのですが、何故彼女は持ち物検査の時にいきなり立ち上がって笑い出したのでしょうか。マリファナを決めていたとはいえ、もうすこし大人しくしていれば見つからなかったのに。それとももうこんな悪の道からは足を洗いたいと思いつめていて、それがあんな奇矯な行動に走る原因になったのでしょうか。」
「女生徒が奇矯な行動を。」
「いかにも。」
「黙っていればみつからなかったものを。」
「いかにも」
「マリファナが入った袋が床に落ちた時に。」
「まさしく。」
「それは、その年頃の娘にはよくあることじゃ。」
「なんとな。」「なんとな。」

「ハッシッシが転んでもおかしい年頃 なのじゃ。」

 風もないのに最後のろうそくの火が ふっ と消えた。
 あたりは闇に満たされ、人の気配も消える。

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第六回雑文祭参加作品
縛り:題名は「三年」で始まる。
「口から飛び出す」「内心そうだと思い込んでいた」「大会」


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