地元の車窓から      

26. 地元の車窓から


「改札の先にて」 20020116

改札を抜ける時にもうぎりぎりであったことは重々承知で走り出した。エスカレーターを駆け登ろうとダッシュする。上を見上げると呑気な年寄りがエスカレーターの右端に立っている。関東では右側は空けておくものだと今毒づいても仕方ないので、急遽階段の方に方向を変える。心臓が破裂しそうになりながら一気に階段を駆け登る。こんなに走っては電車に乗り込んでもしばらく息が荒いに違いない。階段を登り切ると、まだ電車のドアが開いているのが見える。これを逃すと遅刻である。階段を登った勢いで電車に飛び込もうとするが、点字ブロックにつまづき、頭から電車に突っ込み、どおと倒れた。
 自分は一疋の蜂がホームで死んでいるのを見つけた。足を腹の下にぴっ たりとつけ、触角はだらしなく顔へたれ下がっていた。他の蜂は一向に冷淡だった。巣の出入りに忙しくその傍を這いまわるが全く拘泥する様子はなかった。忙しく立ち働いている蜂はい かにも生きている物という感じを与えた。その傍に一疋、朝も昼も夕も、見るたびに一つ所に全く動かずに俯向きに転がっているのを見ると、それがまたいかにも死んだものという感じを 与えるのだ。それは三日ほどそのままになっていた。それは見ていて、いかにも静かな感じを 与えた。淋しかった。他の蜂が皆巣へ入ってしまった日暮れ、冷たい瓦の上に一つ残った死骸 をみることは淋しかった。しかし、それはいかにも静かだった。
 と、そこまで思ったときに、電車の 閉じかけたドアに勢いよく頭をはさまれ、私は気を失うのであった」

 駆け込み描写は危険ですのでお止めください。

*蜂の描写は志賀直哉「城の崎にて」より引用いたしました。



「地下鉄の女」 20020121

 地下鉄の先頭車両に乗ってみた。運転席が覗けるので結構面白い。地下のトンネルをライトで照らしながら疾走する光景は、電車の運転に興味がない私でも結構興奮したりする。普段気づかない横道や複線を発見したりするのもなんだかわくわくする。
 ふと気がつくと、横に女性が立っていて、ガラス越しに運転手に話しかけている。どうやら運転手と知り合いらしい。もしかしてそう思いこんでいる女性なのかもしれない。運転手は大声で話しかけられているのが迷惑そうに、ちらと一度目を走らせたが、前を向き運転に集中した。女性は無視されたのがよっぽど腹がたったのか、さらに大声で話しかける。それでも相手にされないのでとうとうガラス窓をドンドンと叩き始めた。運転手は全く相手にしない。何を思ったか女性は服を次々と脱ぎ始め運転手に振り向くように呼びかける。運転手はマイクを手に取り車内放送を始めた。

運転中、運転手にみだらに話しかけるのは危険ですのでお止めください。



「地下鉄の犬」 20020213
 地下鉄の階段を降りると犬がいた。電車がホームに入ってくるとその犬は私の前を駆け抜け、車両の先頭へ向かって走っていった。電車の先頭の運転席のドアが開くと、その犬は運転席に飛び込んでいった。運転手が飼っている犬なのであろうか。そう思って見ていると、今度は運転席から違う犬が飛び出してきた。どうやら犬が交代したらしい。私は電車に乗り、先頭車両から運転席を覗いてみる。運転手は見あたらず、さっきの犬が帽子をかぶって運転席に座っている。

この電車はワンワン運転です。



「地下鉄の牛」20020122
 地下鉄の階段を降りると牛がいた。牛はホームの真ん中にのっそりと立っていた。口をもぐもごと動かし、長い涎を垂らして、尻尾をさっさと払いながら立っていた。近くに寄ってみると牛の黒い胴体は壁のようである。一体誰が牛を地下鉄のホームに連れてきたんだろうか。すぐにその疑問は解けた。耳に地下鉄のマークの札がぶらさがっていた。しかし何故地下鉄公団はホームで牛を飼うことにしたのだろうか。おそるおそる牛に触ってみる。その時列車がホームに入ってきた。

「電車が参ります。危ないですから白線の牛側にお下がりください。」


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