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14.名探偵最後の事件 2002.04.16


…被害者がその場所にいることを知ることが出来たのは、あなたしかいません。そう、針井探偵、あなたが犯人です。」
 私は針井探偵を指差した。彼はわずかに動揺したように見えたが、すかさず反論した。
「今までワトソン役に甘んじていた君が名探偵気取りかね。面白い推理だが、では凶器は何なのかね。」
「被害者の首を絞めるのに使ったヒモは、現場にあった弦楽器の弦です。被害者を絞め殺したあと、凶器の弦をふたたび楽器に張りなおしたのでしょう。調べてもらえば被害者の首のあとと一致するでしょう。」
「面白い。だが、私にはアリバイがある。」
「アリバイ? あなたのアリバイを証言できる人はいないはずだが。」
「論理的に考えれば」
針井探偵の目が輝き出した。
「そもそも地球より太陽に近くても遠くてもいけない。何故ならば水が液体でなければいけないからだ。地球より近ければ水蒸気となり遠ければ氷となり、DNA−蛋白型生命体を発生するのに不適となる。地球が太陽系上でこの位置にあるということはきわめて珍しいことと言わねばなるまい。そして原始の地球において有機物の生成が偶然発生し、原始海洋中のコアセルベートが偶然発生し、そして奇跡的な偶然から生命が発生する。そして進化が始まり、陸上生物が発生し、ついには知性を持った生物が生まれる。そして文化を発生させる。」
「何、関係ない話をしているんだ?」
「関係なく無い。つまり我々人類がここにこうして存在するということは、数多くの偶然が重なってしか起こり得ない奇跡的なことなのだ。数学的に計算すると、いくつかの仮定を許してもらえれば…」
針井探偵はしばらく目を閉じて計算する。
「約35億分の1だ。人類が文明社会を発生させる確率はこんなにも極めて低いのだ。つまり科学的には我々がここに存在できた確率は極めて低い。というか確率は実質0だ。我々は科学的には存在してはいけないのだよ。
針井探偵は一気にここまで喋ると、大きく息を吐き出した。
「私は科学的に存在しない。従って犯罪現場にも私は存在しない。則ち現場不在証明である。」
「はいはい。警部、いいからこの人を逮捕しちゃって下さい。」
「あ! 非科学的なことを言うな!」
「どっちが非科学的なんだか。」
「警部! 私のアリバイを認めたまえ。」
「私は聖書原理主義者ですので、なんとも…」  針井探偵は手錠を掛けられ連行されようとする。
警部が話し掛ける。
「針井さん。まさか貴方が犯人だとは。残念です。これだけの連続殺人となると、きっと死刑ですね。」
「まあ、私にはふさわしい最後だ。」
「あ、針井探偵。最後にひとつ。」
私は探偵に声を掛けた。
「この事件も私が記録することになると思うのだが、題名は何とつけたらよいだろう。」
針井探偵は何を当然のことと言わんばかりの顔つきで答えた。
「凶器は何だったか良く思い出せばよい。日本の弦楽器:琵琶の弦だったろう。それと合わせて時節柄」
「時節柄?」
針井探偵は、ドアの向こうに連れ去られながら答えた。
「針井(他)と琵琶物語(Load of the strings)が適当だろう。」

それが、彼の声を聞いた最後だった。  


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